100 Title



003...シャツで汗を拭いた

「ねーこの後どうする?」
「スタバ?ミスド?」
「どっちでもいいけどー・・・」

期末試験が終わった平日の夕方、私と友達3人は試験期間中のストレスをカラオケで発散。そのあとどこでお茶しようかっていうのを話し合っていた。スタバもミスドも限定メニュー出てたなあ、と思いながら繁華街のど真ん中を歩く。結局みんなお腹も減ったからミスドにしようかという意見がまとまり始めていた。
ふとゲーセンに視線を向けると、ぎょっとするくらい背の高い連中がたむろしていた。それが全然知らない人たちなら、私は視線をそらしてミスドの方に向かうのだけど、

「健司じゃん!」
「あ?・・・なんだ、花子かよ」
「何してんの?翔陽もテスト終わり?」

私と藤真健司は家がお隣同士のいわゆる幼馴染ってやつだ。おそらく他の背の高いメンバーはバスケ部の人たちだろう。健司も背が低くはないけど、あの人たちと一緒にいるとずいぶん小さく見える。
翔陽高校バスケット部選手兼監督。そんな肩書きが今年からアイツに付いたらしいけど(バスケ部の子から聞いた)、私にとって藤真健司はいつまでたっても藤真健司なんだ。

「おー。海南も?」
「そだよ、ていうかマジで何してんの?牧君は練習やってるよ?」
「んだよ、いーだろ別に息抜きぐらい」

子供のころから変わらない、口をすぼめた顔で健司はふてくされた。あーあ、ほんと変わってない!
たまーに、ほんとにたまに試合を観にいくと可愛い女の子たちがキャアキャア言ってるのが不思議でならん、というか羨ましい。いいなあ、私帰宅部だから後輩とかいないし。

「花子ー?」
「あ、ごめん!先行ってて!」

友達は私と健司が幼馴染って事を知ってる。だが健司の本性は知らない。
まさかまさか、この男が妙齢の乙女の部屋にズケズケ乗りこんで来たり、人んちの冷蔵庫勝手に空けて私のプリンを食ってるなんて思いもすまい。みんな騙されている!健司は見た目だけは抜群にいいから。
今だって、ミスドに向かいながら「藤真君かっこいい!」なんて語尾にハートマークつけながら話してるに違いない。みなさーん、男は顔じゃねーですよ、中身です中身。

「いーのかよ、友達ほっといて」
「用事があるからアンタを呼び止めたのよ」
「用事?」

気づけば翔陽ののっぽさんたちはみんな店内に入ってしまったらしい。ゲーセンの中は涼しいんだろうなあ。でもうるさい。私はうるさいところが苦手なのだ。あ、カラオケは別。

「はいコレ。私は確かに渡しましたー。あとはしりませーん」
「・・・またかよ」

それは知らない女の子のラブレター。いつから始まったのかもう忘れてしまうくらい前から、何故か私は健司への郵便屋さんをやっている。学校の後輩とか同級生とか、以前は先輩とかからも頼まれてた。というか、なんでみんな私と健司が幼馴染って知ってんの?

「お前もさあ、断れよ。読む気なんてねーんだから」

「そりゃ断ってはいるけど、みんながみんな“渡してくれるだけでいいんです”って言うんだもん。前はメアド聞いてくる子もいたんだから少しぐらいガマンしなさいよ、私だって大変なんだからー」

「お前は俺に渡すだけだから、んなこと言えんだよ!見ず知らずの女からイキナリ、しかもよりによって手紙、手紙だぜ?このご時勢に・・・まあとにかく、手紙なんか渡される俺の身にもなってみろ!」

「おモテになる藤真健司くんのことなんぞ、わっかりーませーん。じゃあね、渡したから!」
「待てこら」

制服の襟をがっしり掴まれてしまった私は、その場から動けなくなった。
何よコイツ!かよわい女の子相手に本気で力出してるわね!?

「誰がか弱い女の子だって?」
「あれ?口に出してた?」
「気づいてねーのかよ・・・おい、俺はコレ、受けとらねーからな。お前が持って帰らないんなら捨てる」
「はあぁ!?何それ!」

恋する乙女の純情を踏みにじるような発言をした健司に、私は心底腹が立った。
コイツ、口は悪いし態度はでかいけど、そういうことをするようなヒドイやつじゃなかった。
腹が立つって言うよりなんだかすごく悲しいというか残念で、知らない間に「最低」って口に出していたみたいだった。しかも、火に油を注ぐように、健司は視線を逸らしながら「なんとでも言えよ」なんて言う。

「健司の鬼!」
「・・・・・・」
「悪魔!」
「・・・あ?」
「女の敵!手紙渡す女の子の気が知れないわ!」
「うるっせー!じゃあお前が俺と付き合えよ!」
「望むところじゃないの!覚悟しなさ・・・?」
「あ・・・・・・?」
「い、今なんて?」
「え?いや・・・・・・花子こそなんつった?」

しばし唖然としながら立ち尽くす私たちの横で、誰かがゲーセンに入っていく。自動ドアが開くのにあわせて、一瞬の騒音と涼しい風。
それが消えてしまうのと時を同じくして、体中から汗がどっと噴出したような気がした。私も健司も腕を上げて、赤くなった顔を隠すようにして汗を拭いた。いや、拭くフリをして、本当は顔を隠したかっただけかも。

とにかく、こうして私と健司の、初めての夏が始まった。

- end -

20080725

海南の夏服はポロシャツ希望