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004...ガシガシと頭を掻く

その日私が目覚めたのは、ある意味では見慣れた天井の部屋だった。

「・・・・え!?」

寝ぼけ眼であたりを見回すと、いつも枕元においている携帯がない。
ついでに、私はベッドで寝ているはずなのに今日は何故か畳に敷かれた布団に身を横たえている。
明らかに、おかしい。自分の匂いではない匂いが染み付いた布団を掴んで飛び起きた。

「ここ・・・」

江神さんの部屋だ。サークルのメンバーで、何度か遊びに来たことがある。
見覚えのあるテーブルとその上の灰皿、カーテンの柄、電球の形。それでも自分が何故ここにいるのかまったく理解できない。
混乱する頭の中で順序だてて考えてみる。
昨日は飲み会だった、はず。あまり記憶がはっきりしていない・・・。情けないがお酒には弱い。また羽目を外して騒いでしまったんだろうけど、だからってなんで江神さんの部屋にいるのか、というか、寝ているのか。
そうだ、江神さんはどこだろう。
一人用の布団の、少し右側に私は寝ていたのだから江神さんも開いたスペースで寝ていたんだろう。
寝ていた?

「ま、まさか・・・無いよね・・・」

妙齢の男女が同じ布団で寝て、何もないわけがない・・・。でも記憶がない・・・。
そりゃ、江神さんのことは好きだけど、でも・・・いやまだそう決まったわけじゃない。第一私はきちんと服を着ている。
スカートは寝てる間に乱れたんだろうけど、上半身はセーターも着てるし、下着も上下揃っている。
多分、こうだ。
私は酔いつぶれて、江神さんに介抱された。そのときすでに終電は行ってしまっていたから江神さんの家に担ぎ込まれた。
うん、ありえるありえる。
で、問題は私と江神さんがいっしょに寝てて何も起こらなかったのか、それともその・・・何か致してしまったのか、ということ。

「うわぁぁ・・・・・・最悪・・・」

頭を抱えて布団に顔をうずめようとしたけど、化粧を落していないからやめた。中途半端に俯いたままでいると、玄関のドアが開く音がして、朝日の中に長身の人影が見えた。

「・・・おはようさん」

江神さんだった。私が起きているのは予想していたのだろう、さほど驚くそぶりも見せずに彼は微笑みながら歩いてきた。
けれどその微笑みも見慣れたものではなく、少し気まずさのようなものが感じられる。

「お、おはようございます・・・」
「花子、喉渇いてへんか?」

江神さんの大きな手にぶら下がっているのはコンビニの袋だった。そこから出てきたペットボトルのウーロン茶を見ると、口の中がパリパリに感じるくらい、喉の渇きを覚えた。それを半分ほど飲み干したけれど、江神さんは別のペットボトルの口をひねりながら、火の付いていない煙草をくわえてぼんやりしている。その様を見つめていた私に気づくと、江神さんは何気ない風を装ってテレビの電源を入れた。
毎朝おなじみのお天気お姉さんが、京都地方は今日も晴れだと伝えている。

「ええ天気になりそうやな」
「お洗濯日和ですね」

天気の話題がいつまでも続くはずもない。私たちはまた押し黙って、どうでもいいガムのCMを眺めていた。

「昨日のこと覚えてるか?」

唐突に江神さんがたずねてきた。キャビンの灰を灰皿に落としながら。

「いいえ・・・」
「ヤバイ位によっぱらっとったからなあ・・・しゃあないか」
「・・・すみません、私・・・その・・・・・・ご迷惑かけてない・・・ですよね?」

聡い江神さんなら、私がそれで何を言いたいかわかってくれると思う。期待したとおりに、江神さんはあふれそうな灰皿に煙草を押し付けてちょっと困ったような顔をした。

「いや、花子は寝とっただけやから・・・というかほんまに寝とっただけ・・・」

江神さんの言葉がもごもごしている、珍しい。でもなんだかもどかしい。思い切って、布団のスペースの意味を聞いてみると、やはり一緒に寝ていたとの答えは返ってきた。が、

「信用せえ言うても無理かもしれんけど、手は、出してない」
「記憶にはなんにもないんですよね・・・」

ああもう、ぶっちゃけて言えば、江神さんになら据え膳食われてしまってもよかったのに!
なんて言おうとした私に、江神さんは言った。照れくさそうに、頭をガリガリ掻きながら。

「隣で寝るつもりはなかったんやけど・・・つい、花子の寝顔が可愛くてな」

何か失敗してしまった子供のような顔が可愛くて、つい噴き出してしまった私はからかいの意味もこめて、さっき言えなかったことをぶつけてみた。

「江神さんなら、別によかったのに!」
「アホ。酔っ払いの言うことは信用できへん」
「酔っ払ってませんよ、もう朝じゃないですか!」
「そういうヤツが酔ってるんや」

どうにも、江神さんの言うことが常に無いほどしどろもどろだ。
だからって信用していないわけじゃない、顔を見ればわかるから。

- end -

20080725

“あえて据え膳食わない”ってのもいいかなーとか余裕のない江神さんとか