100 Title



007...眉毛八の字

花京院くんは、最近転向してきた男の子。背が高くて、顔立ちもスタイルも綺麗で、おまけに物腰も穏やかで落ち着いている。とてもじゃないけど、同い年には見えない。くだらない話で騒いだり、小学生みたいな取っ組み合いをしてる男の子たちとは全然、違う。
だからと言って、劇的な恋に落ちるわけでもなかった。だって、あまりにも花京院くんは綺麗で、まるで天上の世界の人のように、私には手の届かない人だと思っていたから。ううん、今だって思っている。

その日の私は、夕方にドラマの再放送を見るために早めに帰ろうと思っていたのだけれど、放課後に担任につかまってしまい、プリントの作成を手伝わされる羽目になってしまった。私のほかにも、同じクラスの女の子が2人いて、3人でおしゃべりしながら印刷室で作業をしていた。なんだかんだで、数人で作業するのは楽しいし、おやつ付きだったのでまあいいかなんて思ってしまう。
印刷したプリントを順番どおりにならべて、ホチキスでとめる。単純な作業だけど、PTAの集まりかなんかで使うものらしく、部数がかなり多い。機械になってしまったように無心でプリントをならべていた私は、作業に慣れた油断の所為で、鋭い紙の端で指を切ってしまった。

「いた…」

どうして、たったこれだけの厚さなのにこんなに痛いんだろうと、理不尽さに怒りを覚えそうな痛み。おもわず声を上げると、友達が顔をあげて、覗き込んできた。

「うわ、痛そう…」
「大丈夫?血、でてるじゃん!」
「ん、だいじょぶ。絆創膏持ってない?」

友人等二人は揃って申し訳なさそうに首を振った。
プリントに血がついたらいけないし、私は保健室まで絆創膏を貰いに行くことにした。

赤い夕陽が差し込む廊下を歩きながら、保健室のドアを開けた。先生は特に何も言わずに絆創膏をよこしてくれた。よかった。消毒なんてされたくなかったし。
早く作業も終わらせたかったから、私は廊下を歩きながら絆創膏の袋を剥がしていた。怪我したのが利き手の中指で空けにくいったらありゃしない。結局、その作業に没頭してちんたら歩いていた私は誰かにぶつかることとなる。

「あだっ!」

大きな人だった。石鹸のような、香水のようないい匂いがする。

「大丈夫?」
「ご、ごめんなさ…」

私の頭のはるか上から優しい声を掛けてきたのは花京院くんだった。驚いて取り落としてしまった絆創膏を、花京院くんは身を屈めて拾ってくれる。

「落したよ。怪我してるの?」
「あ、指…切っちゃって」

私が彼の目の前に手をかざしてみせると、花京院くんは、私の、怪我してる方の手をとった。

「ああ、本当だ…」

途端に眉の端を下げて、花京院くんは痛々しく呟いた。私は、握られている手が熱くて熱くてしょうがない。

「絆創膏貼りにくいでしょう?僕が貼ってあげる」

花京院くんは、私の手を離して絆創膏をペリペリとめくった。熱いままの私の手は、花京院くんの目の前で、空中に固定されている。握られているわけでも、凝視されているわけでもないのに、そこから動かない、動けない。

「えっ、あ、あの…」
「いいよ、気にしないで」

悪いなあという気持ちを口に出そうとしたのに何も言葉が出ず、だけど花京院くんはわかってるみたいに頷いた。

「はい、じっとしててね」

茶色い絆創膏を大きな手は綺麗な指先でつまんで、器用にくるりと私の指先に一周させる。
熱いのは手だけじゃないみたいだ。顔、真っ赤になってそうで恥ずかしい。

「きつくないかな?」
「うん、大丈夫…」
「よかった」
「あの、」

歩き去ろうとした花京院くんを、私は呼び止めて、大きく息を吸った。

「ありがとう!花京院くん!」

ちょっと驚いたように、彼は眉を上げて、それからまた下げて、笑った。

「どういたしまして、花子さん」

えっ、と思ったときには、大きな背中は夕陽に飲み込まれながら廊下の向こう側に消えていった。
どうして、私の名前、知ってるんだろう。
胸のドキドキがいっそう大きくなった気がする。ああ、名前。偶然なのかもしれないけど、花京院くんが知っているのがどうしてなのかしらないけれど、私は、この名前を彼に呼ばれたことがとても嬉しくてしょうがない。

熱が微かに残る指先を撫でながら、私は残り香に包まれているような気がしていた。

- end -

20080830

花京院大好きなんです