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008...うつむいて項垂れる

「中尉、どうしたんですか?」

どんよりとした雰囲気を漂わせて体育座りをするのは、トーマ・リヒャルト・シュバルツ中尉。あの、カール・リヒテン・シュバルツ大佐の弟という肩書きを持っていながらも、いや、持っているからこそ兄と比較されては眉をひそめられているかわいそうな人。なおかつ、所属するガーディアン・フォースのフィーネ嬢に一目ぼれしたにもかかわらず、彼女にはあの英雄、バン・フライハイトという想い人(正確には、というか傍から見ていれば相思相愛なのが丸解りなのだが)がいた…。まるで不運が服を着て歩いているような存在だ。
大方いつものように、またバンとフィーネが楽しそうにしているところを目の当たりにして落ち込んでいたところにシュバルツ大佐から喝が入れられ、それを見ていたアーバインだとかムンベイだとかにからかわれでもしたのだろう。その場面を見てみたかったなんて思ってしまうあたり、そしてわかっていながら尋ねる私も性格が悪いと思う。

「そんなところで座ってたら風邪ひきますよ、共和国と違ってガイロスは寒いんですから」

トーマ中尉の左肩に立てかけられている人工知能のビークも、どこか心配そうな機械音を発している。にもかかわらず中尉はため息を吐くだけで一向に動こうとしない。まるで、叱られた子供のように。

軍事基地でありながら、民間人であるムンベイとアーバインが出入りしている所為か、ここはどことなく陽気な雰囲気で溢れているというのに、中尉の周りだけが青紫っぽいオーラに包まれている気がする。放っておけばいいのに、私はどうしてもこの人が気になってしょうがない。それは上官であるからだとかではない。おそらく、彼を悩ませている感情と似たようなもの。

ガイロスの冬は長い。秋口だと思っていると、たちまち外套が必要な季節に変わっている。かすかに肌を掠める風も冷たくなってきた。ガーディアン・フォースは北へ南へ、帝国も共和国も関係なく走り回るのだから体力的にもハードな仕事だ。確かに軍人ならばそれくらいで体調を崩しはしないだろうけど、この、トーマ中尉は兄上のシュバルツ大佐と比べても一段と肌が白くてひょろ長い体型、どう見たってお世辞にも、体力がありそうな部類には入らない。

しばし立ち止まっていた私は、声を掛けても無反応の中尉に背を向けた。向かう先は自動販売機。書類を小脇に抱えて、二人分のホットココアのボタンを押す。甘い匂いをかぐと、幼い日のように、冬の訪れを感じる。ガイロスの冬は皆、ココアで体を温めるのだ。

「隣、失礼しますよ」
「え?…ああ、ジェーンか」

紙コップを差し出しながら声をかけると、さすがに中尉も私に気がついた。ココアを渡すときに触れた指先が冷たい。

「さっきからずっと声を掛けてたのに、気づきませんでした?」
「…すまない、気づかなかった」
「いいんです。それより気をつけてくださいね」

中尉は乾いた唇を紙コップにつけたまま、『何に気をつけるのか?』という表情で私を見つめた。明るい緑色の瞳とまともに視線がぶつかって、一瞬ドキリとする。

「もう、機械工学の権威なのに鈍いですよね!体調管理に気をつけてくださいって言ってるんです!」

調子を悪くされて困るのは副官の私だし、大佐からどやされますよ、と言うと、中尉は苦笑しながらどこか遠いところを見つめた。午後の穏やかな光がブロンドの髪を照らしている。シュバルツ家は美形揃いという噂は本当なのだな…。

「中尉?」
「いや…にいさ、シュバルツ大佐という存在はいつまでも俺に付きまとうのだな、と思って」
「珍しく弱気ですね」
「ツイていないことが続けば愚痴を言いたくもなる」

そうして、中尉は俯いた。今に始まったことではないけれど、この人は落ち込むととことん落ちていく。下手に励ますより放っておいたほうがいいのかもしれない。…そんなことはあまりにかわいそうで出来ないけれど。

「中尉は中尉、大佐は大佐です。別に、シュバルツ大佐じゃなくてもハルフォード中佐とか、すんごいやかましく言いそうじゃないですか?ほら、例えばバンが風邪ひいたら、“腹を出してるからだ!馬鹿者!”とかいいそう!」
「…それは、中佐じゃなくてもみんなそう思うだろう」

やっと笑ってくれた。アホみたいに身振り手振りを交えた甲斐があったもんだ。

「元気でました?」
「少しな」

うーむ、少しか。弱気な中尉より、強気で、無鉄砲で、いっそ傲慢なくらいの中尉のほうが見ていて楽しいし、好き。
何か元気付けられることはないかと、私はしばらく頭を回転させて、それから一つだけ思いついたことを実行に移すことにした。

「中尉、」
「なんだ?」
「元気が出るおまじないをしますから、こっち向いてください」
「おまじない…?そんな非科学的な…!?」

言い終わらないうちに、私はトーマ中尉にキスをした。ココアで甘く湿った薄い唇に掠めるだけの、キスを。

「はいっ、これで元気ですね!じゃ、じゃあ私仕事に戻りますから!」

唖然とする中尉を見ないようにして、私はその場から走り去った。元気付けるためのはずが、こっちの顔は真っ赤。やっぱり恥ずかしかったかな、と思いながらも、ココアといっしょにおいてきた気持ちを、中尉が受け取ってくれることを祈っていた。

- end -

20081021

まさかのZOIDSゆめ・・・