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009...ヒゲの処理

超大人気漫画家、岸辺露伴先生の顔はいつ見てもつるつるですべすべしている。
昨日の夜中にガマンできなくて食べてしまったチョコレート、私は右頬のニキビをそっとさわった。

私は時々、露伴先生の家に遊びに行く。最初は仗助君とか康一君といっしょだったけど、最近は何の連絡もなしに、一人で訪れることが多い。それでも、突然私が来ても先生は驚く風でもなく、何もないように黙々と仕事をしている。気を遣わなくていい相手と認識されているのか、それとも気を遣う必要もない相手と認識されているのかわからない。その差は、大きいけれど。

私はソファから、先生の横顔を眺め続けた。すごく真剣な表情で、康一君がいつも熱っぽく語る漫画がいかにすごいものなのか、というか、それを作り出す岸辺露伴という漫画家がどれだけすごい人なのか、っていうのがわかる。
そうして、私はいつも飽きもせずに彼の人の横顔を眺め続けているのだが、当の本人も眺められることに慣れているのかなんなのかよくわからないといった現状。

「花子、」

この日、初めて先生が口を開いた。ちらっと私を見て、すぐに原稿用紙に視線を戻す。

「はい?」
「喉が渇いた」

その一言で全てを察せない人間は愚鈍なのだとでも言われそうな勢いだった。
私はゆっくりとソファから立ち上がって、制服のプリーツを直しながらキッチンに向かう。先生はいつも決まった紅茶しか飲まない。これが高級茶葉とかならまだわかるんだけど、どこにでも、それこそコンビニでも売っている簡単なインスタントなのだから笑える。

一人暮らしの男の人の部屋が散らかっていそうだというのは偏見だけど、露伴先生の家はすごく綺麗で、整頓されている上に調度品の趣味もいい。有名なメーカーのお洒落なポットと、機能美という言葉を体現したようなカップを二つ取り出して、私はお茶の用意をした。

ビビッドなピンクと黄緑色のカップはなんだかお揃いみたいで、まるで恋人同士のようで、自然に笑みがこぼれてしまう。
「あなた、お茶の用意ができましたよ」なんて言ったら、露伴先生は腰を抜かすかな?
先生は時々すごく神経質で、時々すごく大雑把だ。机の上の筆記具の位置と向きはいつも決まっていないと気になるらしく、かと思えば仕事に集中しているときはお風呂の水が溢れても気にしない(らしい。康一君が言ってた)。頭にはヘアバンド、まるで男なのか女なのかよくわからない人だ。

「なんだよ」

それに付け加えて、この肌の美しさ。私はコーヒーを持ってきたついでに、まじまじと露伴先生の顔を見つめた。

「先生、肌綺麗」
「…それだけか?」
「ヒゲとか生えてるんですか?」
「生えるに決まってるだろ…君は僕の事を妖精か何かとでも思ってるのか?」

コーヒーカップを片手に、もう片方の手で頬杖を突いて、露伴先生は呆れたように言った。
足を組んでいるのも嫌味っぽくないくらいに似合っている。

「いや、ただ単純に綺麗だなって」
「…幸せだな」
「え?」

感心しているとはとても思えない口ぶりで、露伴先生は目を伏せた。どちらかと言うと、単純な私をバカにしてるように聞こえる。

「綺麗だと感じたものを単純に綺麗だと感想を述べられるのが羨ましいのさ」
「意味がわかんないです。みんなそうでしょう?」

先生は私にデコピンをした。地味に痛い。

「花子。君は美しい女性に対して嫉妬したりしないのか?」

ああ、なるほど。

「しません。それが恋のライバルとかだったら、わからないですけど、」

私はオデコをこすりながら、

「綺麗なものに出会えたときはそれだけで心が弾むし、嬉しいじゃないですか」

にへらっと笑った私は多分綺麗じゃないけど、そう思ってる人間もいるんですよと先生に伝えたかった。
案の定、「おめでたいヤツ」と先生に半ば嘲笑され、私はなんだかむっとしてしまった。

「先生が素直じゃないだけですよ」

さっきみたいに、減らず口が飛んでくるものと思っていたら、先生は考え込むように口元に手を当てた。

「…素直に、か。それが出来たらいいのかもしれないけどな、」

先生はコーヒーカップを机において、仕事に戻るために私に背を向けた。

「鈍感すぎる人間が相手だと臆病になってるのかもしれないな」

先生が笑いを含んだため息をこぼしたのが解った。

「…はぁ?」

その後、先生は黙々と仕事を続けて、私のもやもやは解消されなかった。
ひとつだけはっきりしたのは、手を洗いに行ったバスルームに剃刀が置いてあるのを見つけて、先生を男の人だとこれまで以上に思うようになったことくらい。

- end -

20081117

中性的な人が好きです。露伴センセ大好き!