100 Title



013...目をこする

「これ、お肌がすべすべになるのよ」

そう言いながらトリッシュがくれたバスジェル。キラキラしたラメが漂うピンク色の液体はなんだかおいしそうだった。
『まず浴槽に5センチほどお湯を溜めてください。それから本品を注ぎ口近くに入れ、お湯を勢いよく注いでください』
書かれている通り、バスルームの蛇口をひねって、お湯の温度を確かめながら私は浴槽にお湯を溜めていった。意外に、たった5センチでもお湯を溜めるのは時間がかかってしまって、ひょっとしたらまずいかもしれないと思いながらも私はバスジェルの蓋を開けた。
ピンク色の液体は、瓶を傾けると、とろりと流れ出した。固まる前の飴のような色とつやだった。
お湯の落着点にこぼれたバスジェルは流れに乗ってゆっくりと広がり、次いで白い泡が浮かび始めた。
映画なんかで見るバブルバスはもっときめ細かい泡なのに、なんだか食器洗い洗剤を垂らしたような泡しか出てこなくてガッカリした。
やっぱりもう少しお湯を溜めてから入れるべきだったんだろうか。私が「うーん」と鼻を鳴らしながら、バスタブの栓を抜こうとすると、ブローノがバスルームを覗き込んできた。

「何やってるんだ?」

口元にはかすかな微笑、でも目付きは興味津々な顔で、ブローノがドアの枠に両手をかけていた。

「あ、トリッシュから貰ったの。使おうと思ったんだけど、なんだかうまく行かなくて。やりなおそうと思ってたの」
「なんでうまくいかないんだ?」
「見てよコレ、全然泡立ってないじゃない?きっと私が早く入れすぎちゃったのね」

ふーん、と言いたげな顔でブローノがバスタブの水面を見た。私もつられて同じ方を覗き込む。

「そのうち泡立つんじゃあないか?」
「そうかしら」
「お湯を抜くんなら、全部溜めた後でもかまわないだろ?」
「もったいない」
「トリッシュから貰ったそれを一回分無駄にするよりマシさ」

どっちをとっても、意外にけち臭いんだなブローノって。
なんて思いが半分。言いくるめられたことへの反発心が半分。

「じゃあ私、ここで見てる」
「映画は?」
「後で巻き戻せばイイ」
「じゃあ俺もここで見てる」
「なんだ、それ」

バスタブの脇に私は座り込んでいたんだけど、ブローノが入り口の淵、7センチばかりの段差に腰を下ろしたものだから、私は少し奥のほうに体をずらしてやる必要があった。丸まった背中がバスルームの方を向いている。強い目は、首ごとバスタブを覗き込んでいる。

「ねぇ、そうやってたら首が疲れちゃうでしょ。こっち向けばいいじゃない」
「ん」

返事だけのブローノに、「狭いけど入らないわけじゃない」と言って私はシャンプーだのボディーソープだのを片隅に押しやった。
それらがどかされた後からこびりついた汚れが出てきて、そういえばこのところ掃除をしていなかったことを思い出す。
だばだばと勢いよく流れる水音を聞きながら、ついでだし、そんな考えも頭に浮かんだ。

「あ、やっぱり掃除するから、ブローノは映画観てていいよ」
「それくらい、やるよ」
「いいってば!ほらほら、疲れてる人はおとなしく従いなさいよ」
「そういうとこ、無駄に頑固だよな。ジェーンって」
「人の厚意は素直にうけとりなさーい」
「お互いな」

お風呂掃除用の大きなブラシを持っていた私の手は、ブローノの手につかまった。いつの間にか、バスルームの外から中腰でこっちをのぞきこんでいる。その手も無駄に白くて綺麗で、好きなんだけど羨ましいと私はいつも思っているのだった。

「はい。俺が見てるからお前はリビングでコーヒーでも飲んでなさい」

いくら白くて綺麗な腕でも(ついでに無毛って言っていいほどでも)、ブローノの腕力は成人男性のそれよりもありそうだと思う。そんな力で引っ張られて、私だって壁だの扉だのに頭をぶつけるのはご免被る。だからおとなしく立ち上がってブローノにブラシを手渡した。

「じゃあお願いします」
「はい」
「バスタブに洗剤入れちゃだめだよ」
「はは、わかってる」

狭いバスルームから脱出するために、ブローノは一度バスルームから出た。後に続いて私。チラリと後ろを見ると、バスタブの表面、半分ぐらいを真っ白くてもこもこした泡が覆っていた。
あっと声を上げると、同じように気づいたブローノが私の頭に掌を乗せて、こう言った。

「な、言っただろ。ジェーンはせっかちなんだから」

ブローノは私より私のことを知っているんじゃないだろうか。軽く指先に力を入れて、頭の表面をごりごりしているブローノは、別に勝ち誇っているわけでもなく。時々、恋人同士っていうよりも兄弟とか親子のほうが、私たちの関係をよく表せそうだと思ってしまう。

「絶対こうなるってわかってたの?」
「いや?もし泡立たなかったら俺が両腕でかき混ぜてたかもな」

ブローノはそっと身をかがめて、私の頬に唇を落とした。

「お前はきゃいきゃい騒いでるほうが可愛いからな」

- end -

20090405

めずらしく甘い