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014...切りたての髪の毛を気にする

「チャック・キース!待ちなさい!」
「うっわ!先生それだけはマジ勘弁!掃除でも腕立てでも、なんでもやりますからぁ〜!」
「もちろん掃除も腕立てもやってもらう!が!それは貴様の髪を切ってからだ!」

ウソだろーーー!?
と、チャック・キースは絶叫しながら校舎の廊下を走っていた。その後に私がこれまた全速力で彼を追いかける。
ここは地球連邦軍のナイメーエン仕官学校。私は教官であり、キースは生徒だ。なぜ今私が彼を追いかけまわしているのかというと、彼の頭のせいである。
別にキースの成績が悪いとかではない。彼の髪が長いために、こういう事態になっているのだ。
『前髪は眉にかかってはならない。髭は剃ること。もみあげは伸びすぎてはダメ、長髪などもってのほか』
私をはじめ、真面目な生徒はそれに対して何の疑問も持ってはいないが、キースは違うらしい。らしい、というより、ああも反抗的な髪型をしているのだから間違いない。
片手に銀色の大きな鋏を持って駆け回るのは危険だが、致し方ない。女ではあるが、私とて軍人であるし、教官だ。それなりに体力もあるし身体能力も男には負けはしない。すれ違う生徒達は別段驚く風でもなく、「またか」というような顔をして平然と歩いている。
キースの向こう側、曲がり角からコチラに歩いてきた男子生徒を見ると、私は息切れ一つせずに叫んだ。

「コウ・ウラキ!彼を捕獲しなさい!」
「…え?」
「コウ!そこのいて!のけって言ってんだ…」

キースの声は続かなかった。変わりに鈍いうめき声が、それも二人分、聞こえた。
私の必死の形相に怯えでもしたのだろう、コウ・ウラキは腰を低くして構えると、加速がついて下手に動けなくなったキースをがっしりと受け止めた。
それはよかったのだが、勢いあまってコウは後ろにひっくり返り、キースはバックドロップよろしく、コウに投げ出される羽目になった。
少しスピードを緩めながら近づくと、両者とも体を強かに打って身動きが取れないでいる。
結果オーライだ。これで無駄な力を使わずに済んだ。

「い……ってェ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「…僕だって痛いよ………」
「コウ・ウラキ、」
「は、はい!」
「感謝します。あなたはもう行ってよい」
「はいっ!し、失礼します!」

まだまだ不恰好な敬礼をして、コウ・ウラキは背筋をピンと伸ばしたまま歩き去った。
後に残されたチャック・キースはコソコソと逃げ出す動作をしているが、それに気づかぬほど、それを予想できぬほど無能な私ではない。

「ヒッ!!!」

鋏を首筋に素早く充てると、キースは女のような悲鳴を上げた。情けない。

「何をしている」
「い、いえっ!」
「貴様、私から一度たりとも逃げおおせたことがあるか?」
「あ、ありませんッ!」
「ならばいい加減、諦めろ。わかったらさっさと立ち上がって歩け!」
「了解しましたぁッ!」

半泣きのキースを伴って、私は中庭に出た。自主的にトレーニングを受けている集団を遠くに、私はキースを縁石の上に座らせた。

「全く、何故毎回私の手を煩わせるのだ」
「すんませぇん…」
「………」
「あ、も、申し訳ありません!」
「よろしい」

黙り込んだキースの髪に手を入れることなく、私は鋏をやや乱暴に動かした。ビクリと反応した肩を見下ろしながら、もう慣れた手つきで長い髪を切り落としていく。
柔らかく、でもコシの強いキースの髪がパラパラと地面に落ちていった。色素の薄い髪が舞う様は、さながら秋の枯葉のようだった。

「ジェーン教官」
「なんだ」
「上手くなりました?」

不意を付かれた。一瞬、手が止まってしまったのを悟られないように、いや、正しくはもっと心の深淵からわきあがる感情を押し隠すように、私はザクリと鋏を入れた。

「貴様のおかげでな」
「へへ…ほんと毎回、お手数かけます…」

ヘラヘラ笑っているのだろう、その顔がまざまざと想像できる。
キースは少しだけ首を回した。おかげで目測と違うところに鋏が入ってしまったが、まぁ、許容範囲内だ。

「でも、結構楽しみにしてるんです」

今度こそ、本当に鋏を持つ手が停止した。同時に、私の心臓も一瞬動きを止めてしまいそうだった。

「なんて言ったら、怒られますよね」

はらりと、キースの髪が肩から舞い落ちた。
あぁ、からかわれたのかとは思わずに、私も彼も似た者同士なのかと苦笑してしまった。

「さぁな」
「あれっ?」
「戦争がない世の中になったら、美容師にでもなろうかな」
「あぁ、器用ですから、向いてると思いますよ」
「…そうか」

私は不ぞろいの毛先を、悟られないようにそっと触れていた。

- end -

20090507

女上官×男部下に萌える