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015...おいしそうに飲む

「れっちゃん、京都に連れてって!」

ちりん、と風鈴が鳴るのに合わせるように、れっちゃんは振り返った。私のほうを見たのかと思ったら、その先のカレンダーを確認しただけみたいで。めんどくさそうにお腹をぼりぼりかいて、それから「人多いで」と、ぼそっと呟くように言った。ということは、連れて行ってはくれるんだろう。
夏休みに大阪のれっちゃんのうちに泊まりに来たはいいものの、一通り大阪の街を歩いたらもうすることがなくなってしまった。従兄弟のれっちゃんは、全国大会の常連の豊玉高校のキャプテンで、私とはちっとも遊んでくれない。小さいときにはれっちゃんは、一つ年下の私を妹みたいに可愛がってくれて、いつも一緒にいたのに。
で、今日はれっちゃんの部活がお休みで、縁側で昼寝をしていたところを強襲してみた。昼寝とは言っても、もう夕方ってくらいの時間でずいぶん涼しくなっている。

「明日でええやろ。今日はもう遅いし」
「明日もお休みなの?」
「ああ」
「ありがとう!めいっぱいおめかしするからね!」

つよしー、ご飯作る間店番たのむわー。
れっちゃんのお母さんの声が聞こえた。れっちゃん、と私は呼ぶけど、彼の本当の名前はつよし。烈と書いてつよしと読む。つよし、だと呼びにくいので、いつからか私はれっちゃんと呼ぶようになった。きっとれっちゃんの周りにはそう呼ぶ人なんていないだろうけど。
れっちゃんは少し大きな声で「おう」と返事をして、お店(南龍生堂という薬局なのだ)のほうへずかずか歩いていった。れっちゃんの背は、まだ伸びているような気がする。


翌日、早起きしておばちゃんと一緒に朝ごはんの支度をして、それからお気に入りのワンピースに買ったばかりのサンダルを履いてれっちゃんを待った。ちょっとヒールが高めのサンダルを選んだのは、背が高いれっちゃんに少しでも似合うように、なんてことを考えていると、暑さのせいじゃなく顔がほてってくる。そうだ、これってデート、になるのかな。

「準備できたか?」

れっちゃんが、私の座る上がり口に腰を下ろして靴を履きながら聞いてくる。れっちゃんは半そでのTシャツの上に黒いシャツ(なんかよくわかんない、悪趣味な柄)を羽織っている。下はハーフパンツで、履こうとしてる靴はコンバースのローカット。サンダルじゃない分、マシだと思うべき、なのかなあ。

「待ってたよー。早くいこ!」

はー、とため息みたいなものを吐き出しながら、れっちゃんは立ち上がった。なんだかんだ言っても、こうやって私につきあってくれるんだから、れっちゃんは変わらず、優しいれっちゃんのままなんだと思う。
れっちゃんは手をつないでくれるわけでもなく、まして腕を組むわけでもなく、付かず離れずのまま私たちは阪急電車に乗り込んだ。



なんというか、れっちゃんの言ったとおり、京都は人でいっぱいだった。

「言うたやないか」
「えっ!?」
「お前の顔に“うわっ!めっちゃ人多!”って描いてあんねんで」

片手で顔をパタパタと仰ぎながら、れっちゃんは言った。確かにそう思っているのは事実だけど、それが嫌だなんてことはこれっぽっちも思ってない。
強いて、今何が私を困らせているかと言うと…なんてことは言えないのだけど。

「あ!ねぇねぇ、あのカフェかわいい!あそこでお茶していこうよ!」

足早に歩き出した私の片手を、れっちゃんがつかんだ。

「ど、どしたの?」
「さっきも似たようなとこに入ったやんけ」
「あ、うん、でものど渇いたし、れっちゃんも暑いでしょ…?」
「俺は慣れてんねから、別にええんやけど」
「駄目駄目!!熱中症とか、なったら困るし!」
「なるか。毎日クーラーの中でダラダラやっとるお前とはちゃうんやで」
「いや、ほら、私が限界、的な?」
「聞くなや。花子は喉が渇いたんやのうて、足が痛いだけやろ」

うっ。

図星だった。無理してハイヒールなんて履いてきたのが間違いだったのだ。
靴擦れなんて可愛いもんじゃない。もう足の皮がずしゃーーーっとむけてそうなくらい痛い。
言い返せない私に、れっちゃんは少しかがんで尋ねた。

「あともうちょい、歩けるか?」
「…多分」

れっちゃんは、私の手を握って歩き出した。なんだ。漫画的展開、つまり無理矢理抱きかかえられて『ちょっと!れっちゃん、みんな見てる!恥ずかしいからやめて!!』『恥ずかしいことあらへんやろ。俺は当然のことをしたまでや』『…れっちゃん!』的な展開を期待していたのに…まあ、それはそれで恥ずかしいし(主に私が)無愛想なカリメロがやるはずもなかろう。「なんか言うたか」「別に!」
危ない。カリメロと聞こえていたら危ないところだった。
ちょっと汗ばんだ手をつないだまま、れっちゃんは振り返らずにずんずん歩いていく。
おっきい背中、風をきって気持ちよさそう。バスケやってるときも、同じ。
大きな靴が、がぽがぽ音を立てている。引っ張られるように歩いてるけど、私はけっこうこの距離感が好き、かもしれない。

その日、私の宝物と、れっちゃんの秘密が一つずつ増えた。

一つ目、宝物は、青い靴。
ぺたんこのバレエシューズはABCマ●トで1980円の超お買い得品。いいんです。ほれた男からのプレゼントはいくらでもええんです。それにこれ、元値は4980だし。歩きやすいし、豊玉のユニフォームと似てるし、色。

二つ目、秘密は、れっちゃん実は爺むさいということ。
どっかのお寺を回ったときに、チケットについてたお抹茶サービス券。ちょっとテンション上がったなと思ってたら、れっちゃん実はお抹茶と和菓子がえらい好きみたいです。
「なんか、若くない」
「…全世界の抹茶好きを敵に回す発言やな」
「だって苦いし」
不思議そうな私を尻目に、れっちゃんは豪快に、椀の抹茶をあおるのだった。

- end -

20091206

9月に京都行ってきた記念に書いていたはずなのにもうすぐクリスマスですって