100 Title



018...顔を近づける

借金なんてするもんじゃない。

「チキショウ!あのアマどこに隠れやがった!」
「兄貴!こっちにゃあもういやせんぜ、向こうを探しやしょう!」

恐ろしい声を荒げて、彼らは走り去って行った。
スカンピンの上にヤのつく職業のこわーいお兄さんたちに追いかけられて、もうたまったもんじゃない。路地裏のゴミ箱の陰に隠れて縮こまる私、汚くて惨めたらしくて泣けてくる。ちょっと前まではお洒落な着物を着て、街を歩いていたのが夢のようだ。
ああ、寒い。肉まんとかおでんとか、コンビニのそういうのでいいから食べたい。あ、やばい。マジに泣くかも。
袖で鼻をこすっていると、また数人の男たちが走る音が聞こえた。それに混じって爆発の音。
えっなにこれ。あいつら終に重火器まで持ち出したっていうの?冗談じゃないわよ。たかが借金で命までとられちゃあたまったもんじゃない。
震えているのは寒さのせいだと言い聞かせながら、そっとあたりを窺おうとすると、

がぼん

「ひっ……むが!?」
「すまんが声を上げるのは遠慮してもらいたい」

上空から、私の目の前のゴミ箱に、ロン毛の男が降ってきた。悲鳴を上げようとするとソイツは私の口を押さえる。それはいいんだが、鼻まで押さえられたら呼吸が、呼吸ができないんですけどォ!!

「行ったか…手荒な真似をしてすまなかったな」

ロン毛の人は頭にバナナの皮を載せたまま、きわめて真面目な顔をして言った。何がなんだかわからない私は、一体どこからつっこむべきなのだろうかと思いつつ、とりあえず息ができなくて苦しいのだとアピールした。ロン毛の手は未だに私の顔にかぶさっている。

「い、いきなり何なんですか」
「いきなりではない、桂だ」
「いやそうじゃなくて……まぁいいや。ヅラさんも誰かに追われているんですか」
「ヅラじゃない、桂だ。ていうかおかしいだろ今の。……攘夷志士ともなればあのような輩に追われるのも、至極、まっとうな…ふん!」

ヅラさんはゴミ箱から脱出しようとするが、すっぽりと嵌ったらしく一向に出てこない。冷や汗混じりの顔は、冷静なフリだけをしている。なんかなぁ、変な人と係わり合いになるのはごめんだしなぁ。

「へぇ、攘夷志士なんですね。じゃあお元気で」
「いやいやいや!ちょっと待って!」
「何ですか」
「ここで会ったのも何かの縁だ。少しこの国の未来について話そうではないか」
「あ、すいません。私これからギン肉マン録画しなきゃいけないんで」
「あ、それなら俺も録画予約しているから今度貸そう」
「間違えました。ワンパークの録画でした」
「じゃあワンパークについて語り合おう」
「なんでだよ」

ゴミ箱の中の男と、その横の女。変な図。
ヅラさんは本気で中に嵌ってしまったらしい。ガタガタ揺れるゴミ箱が今にも倒れそうだ。

「助けて欲しいなら、素直にそう言えばいいのに」
「む?助ける?何を言い出すかと思えば……ところでこのバナナの皮はお前が食べたのか?」
「違うし」
「けしからんな。何故俺の頭の上にバナナの皮があるんだ」
「知りません」
「またまた。大方どこからかかっさらってきたバナナを物陰でこっそり一人でたべていたのだろ…ってオイィィ!」

勝手に納得した顔のヅラさんに背を向けて歩き出そうとすると、さっきよりもずっと悲痛そうな声に後ろ髪を引かれる。
どうでもいいけどこの人、追われてるくせにこんなに騒いでいいんだろうか。

「なんですか。アナタに構ってるヒマなんてないんですよ」
「そこをなんとか、バナナ姫」
「誰がバナナ姫だ。花子です」
「どうもこのゴミ箱に好かれてしまったようでな、実に残念だが俺はゴミ箱を連れて歩くわけにはいかん。そもそも俺はどうやら動物に好かれる人間のようで…」

ゴミ箱は動物じゃねーよとつっこむのもアホくさくて、私は一歩だけヅラさんに歩み寄った。

「はー…じゃあ、ヅラさん、私お腹すいてるんですけど、そのゴミ箱から出たら何か食べに行きません?もうほんとにお腹がすいて困っちゃって困っちゃって」
「何?それでは仕方あるまい」
「もちろんヅラさんのおごりで」
「なんだ、金に困っているのか。それでバナナを八百屋の店先から盗んできたと…」
「いいかげんにバナナから離れろよ駄目攘夷志士」
「駄目攘夷志士ではない、桂だ」

よいしょ。
ヅラさんはぶちぶち文句を言いながら、私の手に引っ張られてかわいそうなゴミ箱から脱出した。
どっちかというと、ヅラさんのほうがかわいそうだとは思うけど。

- end -

20091206

全巻読み直しました。やっぱり面白いなぁ…