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019...あくびをこらえる

「ヒマそうな顔してんじゃないわよ」
「誰がだ、と」
「お前がだぞ、と」

とあるパーティー会場の壁際、わたしとレノの間の距離は約三十センチメートル。
ルーファウス副社長の護衛は、それはそれは暇なものだ。なにしろ世界の神羅カンパニーの御曹司に喧嘩を売るような奴は会場にはいないし、売りそうな奴は外ではじき出されるのがオチだ。
会場の中にはわたしたちタークス。外にはソルジャークラス1stが多数待機している。
何も起こるはずがない。かと言って手を抜いてもいいというわけではない。緊張できそうにない状況で無理矢理緊張感を持続させなきゃいけないっていうのはけっこうツライ。
「あ」
「何よ」
「今日電気代の振込み行くの忘れてたぞ、と」
レノはさっきから壁にもたれそうになるのをすんでのところでとどめている。いつもいつも制服の前は開いてるし妙な口癖ついてるし、不真面目が不真面目を着て歩いているようなもんだ。ただし、さすがに今日は制服をちゃんと着こなしている。とは言うものの、準備してるときにふと、ネクタイの締め方知ってんの? って聞いたら、にぱーっと笑って「知らない」 って、アンタ何歳なんだって話だったけど。

「くだらないこと言ってたらまたツォンさんにどやされるよ」
「くだらなかねぇぞ、と。止められるかもしれないってのに」
「引き落としにしたらいいじゃない」
だよなぁ、でも手続きが面倒なんだよなぁ。レノはぶつぶつ言いながら、会場を見回す目を止めなかった。
なんだかんだで仕事はできるから、こういうちゃらんぽらんな男でもタークスにいられるんだろう。なんか癪だ。こっそりインカムのスイッチいれたろかい。
「ジェーン、手続き頼まれてくれよ」
「イヤです。ていうかそういうの本人しかできないんじゃないの?」
「そうなのか?」
「そうなんです」
「お前、よく知ってるよな、と」
「なにそれ馬鹿にしてんの?」
子供じゃあるまいし、ケンカ売ってんのかと思ってつま先を踏んでやろうかと思った。というか、した。そしたらレノのやつ、さっと足をクロスするフリをして避けやがった。偶然装ってるふりして全部わかった上でに違いない。
「……本社の担当部署に書類持っていけばいいんじゃないの。別に、自分でやんなくても」
「部署ってどこだ、と」
「知らないよ。電力か、都市開発じゃないの」
「あ、そういや暇そうな市長がいたな。市長に持っていきゃいいか」
「アンタ、仮にも市長になんたる無礼を……」
哀れ市長はいまや窓口担当に……。レノだけじゃなく本社の人間からも軽んじられているかわいそうな市長を思い浮かべると――別に涙が出てくるわけでもなかった。しょうがない。だってこの世は弱肉強食。
「公共料金全部引き落としにしてもらおうかな」
レノは名案を思いついたみたいな顔でうきうきしているようだった。緊張感ないの。
まぁあんまりわたしも人のこと言えないかな、早く仕事終わらないかなって思ってばっかりだし、さっきから鼻を刺激するごちそうのにおいと格闘しまくってるし。あーあー、お腹すいた!
「そういうわけだ、お前明日付き合え、と」
「はぁ? どこに?」
「市長のとこ」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
一人でいけ。
タンドリーチキン食べたい。あとアホの赤毛の相手やめたい。
「つうか書類とかって取りに行かなきゃいけねぇか? どうなの?」
「知るわけないでしょそんなの……」
喉渇いた。シャンパンみたいな薄水色のグラスに喉を鳴らしてしまう。ちくしょう、帰ったら浴びるほど飲もう。どうせ明日はオフなんだ。オフだから、レノに付き合うなんてことは断固拒否だ。
「なんだよー。お前なら何でも知ってると思ったのに」
「何でも知ってるわけないでしょ。でも制服のネクタイも締められないあんたよりは知ってるわよ」
「俺だってネクタイくらい締めれるぞ、と」

は?
驚いてレノを振り返ると、当の本人はさっきとついぞ変わらぬ退屈そうな顔で、背筋を伸ばして会場を眺めていた。
「あんたさっき……」
「うそついた」
無駄骨かよ!
もう一回足を踏んでやろうと足を上げると、レノは後ずさるどころかわたしのほうへさらに近寄った。距離、二センチあるかないか。
レノはわたしの耳たぶを掠めるようにして囁く。

「新婚さんみたいでときめいた」
「ばっ――」

ばかじゃないの!?
そう言おうとしたわたしを、遠くからツォンさんが睨んでいた。こわっ。いや違う、これ怒られるべきはレノだ、わたしは悪くない!

「せっかくだから婚姻届も出すかぁ」

あんたそういうことを、帰宅途中についでにお酒買って帰ろうみたいな言い方しないでよ。大体わたしとあんたがいつそういう仲になったってえのよ。ほらツォンさん睨んでるわよ後で怒鳴られるわよ。
と、言いたかったのにわたしは口をぱくぱくさせるばかりで、それはまさに、レノの思惑通りってやつだった。
くやしい。ほんとくやしい。何がくやしいかって、わたしもまた、レノにときめいてしまったってことだ。

- end -

20091206
20130410加筆修正

あんまりにもあんまりだったので書き直しました