東京地方に青空が 広がって 春なのに25℃を越えていこうとするような時もあるさ
きっかけはと言えば、あまりにもいい天気過ぎたから散歩をしようと思ったこと。
近くの公園を横切って、そこで楽しそうに遊んでいる子供たちとか、歩道を仲睦まじく歩く老夫婦とか、お花屋さんの軒先がいつもより華やかに見えたとか。そういうことも原因だったのかもしれない。
それで結局、試験前だというのにわざわざ自転車を取りに家まで帰って、財布だけつかんで商店街にいって、はばたきネットで紹介されてたパン屋さんでサンドイッチ、手作りのお惣菜屋さんでポテトサラダ、それからコンビニでペットボトルのレモンティーを買った。
そして、森林公園までサイクリングだかピクニックだかに出かけた。
先週買ったばかりのバレエシューズは歩きやすい。
フリマで掘り出し物だったパッチワークのスカートにぴったり。
駐輪場に止めた自転車は昔の郵便屋さんみたいな鮮やかな赤。
まだつぼみすら見せていない桜並木には目もくれず、おなかが減った私は腰掛けるベンチを探したけれど、どうやら似たような思考回路の人たちばかりでベンチはどこも埋まっている。
困ったな。遊歩道を、ちょっとお洒落な紙袋を持って歩いてる私もけっこうサマになってると思うけど、おなかが減っているから早くどうにかしたい。
ウォーキングをするおばさん二人組、ジョギングをするおじいちゃん、おいかけっこの小学生。
今日はそこかしこでこんな風景が展開されてそうだ。
夏になると噴水が人気の泉はキラキラしていて、でも夏よりも穏やかな光の反射。
あ、そうだ。あのふちに座れないかな、と思って視線を移動すると、向こう側から走ってくる人と目が合った。
あ。
「志波君!」
「…山田か?」
白地に赤と青のラインが入ったジャージに身を包んだ志波君は、あっという間に私との距離を縮めた。
背が高くて脚も長ければそれもやむかたなし。
「トレーニング?」
「ああ。お前は何してるんだ?」
「え?」
志波君はうっすらと額に浮いた汗を手の甲でぬぐいながら、私の手にぶら下がってる袋を見つめた。
「あ、これね。天気がいいからピクニックしようと思って買ってきたの」
「ふぅん……まぁ確かに今日はいいトレーニング日和だな」
トレーニング基準なんだ。
ちょっとおかしくて私は口元だけで笑った。
「ねぇ、もしキリがいいなら一緒に食べない?」
「……足りるのか?……それ」
「ふふ、大丈夫だよ?ちょっと調子に乗って買いすぎちゃったくらいだから」
なんだかそれは デート日和なんだ
「ベンチが空いてないな……」
「そうなの。さっきからずっと」
「ああ、なるほど」
「え?」
「それでさっきから遊歩道をウロウロしてたわけか」
「えっ!?何!?見てたの!?」
志波君は返事の代わりに笑った。
確かにジョギングとかしてる人の中で一人だけゆったり歩いてたら目立つかもしれない。
芝生にはビニールシートを広げた人たちがいっぱいで、私はちょっとためらってしまう。スカート、汚したくないから。
「…ほら」
それでも覚悟を決めて腰を下ろそうとしたら、志波君がジャージの上を脱いで私によこした。
「え?なに?」
「お前一人なら座れるだろ」
「えっ!?でも、そんな……わ、」
「いいから座れ」
黒いシャツから伸びた腕に引っ張られて、私は志波君のジャージの上に腰を下ろした。
「あ、あの…洗って返すね…」
「それじゃ、俺が帰るときに寒いだろ」
「あっ…」
しまらないなぁと思っていると、志波君はまた笑った。なんだか恥ずかしくって紙袋を開けて、お店の人が入れてくれた簡易おしぼりを手渡す。
「うまそうだな、それ」
「うん、商店街に新しくできたお店のなんだよ?あ、喉渇いてない?レモンティーしかないけど」
淡いオレンジのペットボトルを差し出すと、志波君はちょっと驚いたような顔をした。苦手だったかな?と思って引っ込めようとすると、大きな手が伸びてきて、
「もらう。もらってばっかで悪ィけど」
「ううん、気にしないで」
風が吹き続けて いつもここにいるよ 何か良いことが なかったっけな 何か
おなかがいっぱいになったのか(きっと志波君には物足りなかったと思うんだけど)、志波君はごろんと横になって寝息を立ててしまった。
まだ午後の日差しは穏やかで、私もついウトウトしてしまう。
寝返りもうたない志波君の顔を見続けるのも不躾だしちょっと恥ずかしくて、私は足だけをまっすぐ伸ばして、空を眺めていた。
雲がゆっくり流れて、本当にいい天気で。今日はいい一日だったな、なんて思ってるとあることに気がつく。
「(あ、間接キス……)」
風を止めたいなあ どっか遠くへ行きたいなあ 風を呼びたいなあ このままこうしてもいたいなあ
- end -
20100210
Thanks to "Weather Report" by FISHMANS や、やばいかしら…でも好きなのこの曲