毎度毎度そう思ってしまうのだが、情交を終えるたびに「なぁもうこういうのやめようぜ」 と言いたくなる。
思うだけで言わない理由というのは、つい今しがたまで抱いていたジェーンがとんでもなくいい女であることと、事後の一服がたまらなく美味いからだ。これっきりになってしまうのが惜しいほど、ヤザンは彼女に入れ込んでしまっているらしい。と、自己分析してみる。
しながら、煙を吐き出す。今日も今日とて同じく、心地よい倦怠感に包まれながら一服している。部屋の中を埋め尽くす白い霞に息が詰まりそうになりながら、もう一本に伸ばす手を止められない。
愛煙家ではない。むしろ吸うことはかなり稀で、かすかなにおいを纏ったままブリーフィングなどに出向くと、同僚に意外そうな顔をされる方だ。煙草自体それほど好きでもないのにジェーンの持っている煙草は美味い。きっと煙草自体の味のせいではないかと思って一本拝借し、なんでもないときに吸ってみたのだが口の中がばさばさとするばかりでちっとも美味くなかった。間違いなく、あの女を抱いた後の煙草だけが美味いのだ。
「そんなにいいのなら俺にも試させろよ」
そう言った誰か(上司だったかもしれない)は、にらみつけた。独占欲など強くはないと思っているのだが、案外そうでもないのかもしれない。
「おっかねえ。別にコレでもねえんだろう?」
揶揄するように小指を立てた男の顔をぼんやりと思い出した。そうだ、確かにジェーンは自分の女ではない。なんなら商売女と言ってもいいような関係だ。もちろん金銭の授受は、ないのだが。
そもそもどういう経緯でジェーンと知り合ったのか。ヤザンはシーツの皺を数えながら思い出そうとする。
思い出せない。こいつは煙草なんかじゃなく、ヤバイものなのかもしれないと、ヤザンは苦笑した。
いつか俺はあの女のために破滅するに違いない。そんな強迫観念がいつも頭の片隅にある。彼の動物的な本能がそう訴えているのかもしれないが、考えても考えても、あんな女にどうこうされるわけなどない。ないのだが、ジェーンを抱くたびに破滅へのカウントダウンが刻まれる気がするのだ。そう思ったところでやめられるはずも無く、第一考えれば考えるほど、彼女の持つ肉体の魔性に捕らわれてしまいそうになる。いや、すでに捕らわれているのだろう。
「おいしい?」
長い髪をかき上げながら、ジェーンがベッドに肘をつく。振り返ったヤザンは、むきだしの腰の辺りに氷をあてられた気分になった。
情事の後の彼女は、特に目元が色っぽい。女の化粧には疎いが、赤いシャドウをのせているようにも見える。密な睫の根元には、水分が蓄えられているのかもしれない。
得体のしれない女だ。
みずみずしいというよりも、熟れたと言った方が適切な肉体が、赤みのさした肌の白さが、かきむしられるような渇きを呼び覚ます。
毒婦。きっとそうに違いない。
ヤザンはとりあえずの結論を出せたことに満足したのだろう。フィルターのギリギリまで吸うともみ消さずに灰皿へ放り出す。
ジェーンの問には、行動で答えることにした。毒ならば最後まで食らってやろうと。
湿り気のあるシーツは不愉快で、彼はまきつけていたそれを床に落とす。あらわになった肉体に何を思うでもなく、ただ禁断症状から逃れるように彼女を抱く。
しかし逃れても逃れても、この靄の海から抜け出せないのだろう。
振り払ったはずなのに、いつまでも蛇に巻きつかれたような嫌悪感は拭えなかった。
- end -
20140308