100 Title



026...アクロバットを見せ付ける

「あ――……α1、テストコースから離脱……」
ルーシーの呆れたような声に、ヤンは白衣を翻す勢いで両手を机にたたきつけた。
「中尉!!ちゃんとやってください!!」
通信機に向かって叫んだのだろうけど、それがこっちのマイクのスピーカーまで届いてしまって変なハウリングが起こる。
まだ10代なのにすっかり苦労性になっちゃって……ちょっと可哀想。
ハウリングだけでなく顔をしかめていたルーシーと目があって、私はチャーミングな彼女のそばかすに苦笑した。

「最初っからあーんなカンジだったもんね、あの人」
「そうなの?」
ロッカールームで帰り支度をしているルーシーを待つ間、テストパイロットのイサム・ダイソン中尉について話を聞いてみた。
なんでも、初日の飛行でとんでもないアクロバットをやらかしたとか。
排気を利用して竜鳥の絵を空に描くなんて、確かに並のパイロットじゃあ、不可能だろう。
実力は申し分ないんじゃないかと言うと、ルーシーはげんなりした顔になった。
「そりゃあ、実力はそうかもしれないけど……あれで軍にいられるのが不思議なくらいの奔放さなんだからたまったもんじゃないわよ」
「奔放、ねぇ」
「ヤンも最近カリカリしてるし、見たでしょ?」
それはむしろ、彼にとっていい兆候ではないだろうかとも思う。
ただルーシーは彼女自身と周りの平穏が乱されることがイヤなのだろう。わからないでもない。
「大変そうね」
地球からフォールドしてこのエデンに来て、まだ数時間しか経っていない。
どこまでも青い空と気持ちのいい風が絶え間なく吹き抜けるこの惑星で、彼の奔放さは更に“悪化”しているらしい。
「アンタもぼけっとしてると、すぐに食べられちゃうわよ?」
「食べ……」
「ハイスクールの同級生からの貴重な忠告。肝に銘じておくことね」
「ふぅん?ひょっとして――」
「ノーコメント」
いたずらっぽく笑うルーシーはショルダーバッグを肩にかけながら、私を連れてロッカールームを出た。
これから夕食を一緒に摂って、私はとりあえずの仮住まいに帰る予定だったのだけど。

「……噂をすれば、ってヤツ?」
背の高い、けっこうハンサムな男性が正面から歩いてきた。軍服の階級章は中尉、そしてルーシーの言葉。
ということはこの人が、
「お、今から帰るのか?」
「そーです」
立ち止まって人懐っこい笑みを浮かべている。気さくな感じの、付き合いやすそうな人だと思った。ルーシーは色々思うところがあるのか(彼の人柄と、素行に対して)ちょっとだけ不機嫌そうな顔を見せつつも、多分私を紹介するために立ち止まってくれた。
「こっちの彼女は?」
中尉は人並み以上の興味津々を私に差し向けている。
「ジェーン・バーキン大尉です。地球の本部から派遣されてきたエリートよ?」
ルーシーの紹介にちょっとだけ照れくささを感じながら、私は握手のために手を差し出した。
それを、
「イサム・ダイソン中尉です。どうです?これから食事でも」
オーバー気味な動作で手の甲にキスなんかされて、私は戸惑う。
視界の端でルーシーが「またはじまった」と言っているあたり、きっと誰にでもこういうことをする人なのだろう。
「食事?」
「ここは俺の生まれ故郷でね、美味いものが食える場所ならそりゃあ腐るほど、知ってる」
砕けた口調になった中尉の笑顔が眩しかった。この惑星が、街が、好きなのね。そうすんなりと理解できるような、屈託のない爽やかな笑顔に好感をもった。
「残念だけど、今日はルーシーと約束してるの。ごめんなさい」
「つれねぇなぁ」
残念そうには見えない微笑に、つられて私も笑ってしまう。
「中尉、彼女に手を出したりなんかしたら、黙っちゃいませんからね?」
「なんだよ、怖ぇ顔してさ。大尉殿みたいに笑ってたほうがお前だってかわいいぜ?」
「お前“だって”ってどういう意味よ」
「そのままの意味に決まってるだろ。――それじゃ大尉殿、明日なんてどうです?」
ところで、きちんと階級をつけて呼んでくれるあたりは彼も良識があるのだろうと感じる。それとともに、ルーシーに向けられた無遠慮さが私にはないのがちょっとうらやましい。
顔つきも声も、高い高い空のようにさわやかで、好感の持てる人だと思った。
「そうね、予定が入ってなくて私の気が向いて、中尉が約束を忘れてなかったらお付き合いさせていただくわ」
「なんか最後の、ちょっと棘があるよなぁ……。ま、いいか!そんじゃ気が向いたらこの番号に」
彼はポケットから紙切れを取り出すと、私の胸ポケットにねじ込んだ。そういうのを常備しているあたり、彼の普段の行動がうかがい知れる。
けれど、そんな彼にセクハラまがいの行動をされてもそれすらさわやかで、怒る気にもなれない。
去り際にキスをされた頬に自分の手で触れながら、しばらく茫然としていた。
「全く……」
代わりにルーシーが憤然としているみたいだし、別にいいか。
「なんとなく彼、“かわいこちゃん”は全部乗りこなしてみせる、とか思ってそうよね」
自分で自分のことをかわいこちゃんなんて言うのもおかしいけど。女の子と戦闘機を並べるのもおかしいかもしれないけど。
「思ってそう、じゃなくてアレは絶対そのつもりでしかないわよ」
ルーシーに呆れられた。つっこまれなかったのがちょっとだけ、意外。
ところで人に言われてばかりで自覚はなかったけど、やっぱり私どこかずれてるのかしら。
「アンタみたいな子だと、あの人もちょっとはてこずったりするのかしらね?」
「え?」
「なんでもない!さ、食事にいきましょ!」

- end -

20110406

イサムはいつでも自由だもんね。  プラスちょう好き!!