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027...服を脱ぐ

(6話終了時の話です)

ドロシーの演奏によるけたたましい目覚めがなくなって、その代わりに穏やか、かつ、さわやかな目覚めが私に訪れたのは非常に喜ばしいことだ。彼女は私が起きてくるのが遅い日には、それが午後である場合には特に、心穏やかならぬ叩き起こし方をすることに決めたと言っていたのだが――

「(実に、思った以上にいい方向にいっているではないか)」

そう、ここのところのドロシーは、インストルからピアノを教わり、そして立場を変えるようにあの事件の後から彼に教え始めたドロシーのピアノは実に、穏やかですばらしい。アンドロイドであるのだからそれくらいできてしかるべきなのかもしれない。しかし本当に、ドロシーのかつてのレパートリーは極端でひどいものだったのだ。
ともかく、ここ数日の私の目覚めはすこぶる快適だ。今日も知らずのうちに朝の光の中に押し上げられ、まどろみの中でみじろぎをする。

するのだが、それよりも先に他人がベッドの中に入り込んできている。
こんな無粋なことをする人間が誰なのかということは、すでに理解している。
ノーマンであるはずがないし、ドロシーは今ピアノの前に座っている。
軋んだベッドが小さな音を立てるが、その小ささのとおりに侵入者は女性で、細く柔らかい体をしている。
その指先はするすると私の体を這い回り、そうするのが当たり前のように擦り寄ってきた。

「……いったい何をしているのかな、君は」

ため息混じりに瞼を開けると、ジェーンの笑顔がそこにあった。ぱっちりとあけられた目はいたずらな子猫のようだし、しなやかな肢体は豹のようなネコ科の動物を思い起こさせる。非常に魅力的な女性だと、一般的にもそう言えるだろう。
ジェーンは私の体にのしかかって、というか、腹のあたりにまたがって、顔を覗き込んでくる。

「ドロシーったら彼と仲良くのんびりしてるから、私が起こしに来たのよ?」

口角を上げて首を傾げる様は中々にチャーミングだ。それに、大きく開いたブラックドレスの胸元から柔らかそうな白い肌が覗いているのも結構な眺めではある。

「それはご苦労様。しかし今日は何の予定もないからね、」
「なら、なおのこといいわ」

私の言葉をさえぎって、ジェーンは私の胸の上にそっと肘をついた。朝のさわやかな空気に似つかわしくない艶っぽい笑みは、無視したいところだが……この小さな体を跳ね除ける気にもなれない。
参ったな。
苦笑する私を、ジェーンは気に入らなかったのか睨んだ。

「ロジャー、あなたドロシーとは出かけるのに、私のことはずうっと、放ってばかりじゃないの」

いや実に、参った。
ジェーンが寝そべるように体を密着させるものだから、自然と柔らかい部分も私の体に密着してしまう。重ねた両手の上に小さな顎を乗せて、じっと見上げる視線が愛らしい。
などと考えていられるうちはまだいいのだろうが、なにぶん、このままではどうにも抑えが利かなくなりそうなのを頭のどこかで理解していた。

「ああ、それはすまなかった」
「反省してるのかしら」

少し体を起こしたジェーンの肩から、ブラックドレスがするりと抜け落ちていく。肩の関節をすぎたあたりに辛うじてとどまっているそれを気にするでもなく、ジェーンは私の額のあたりを突いた。
目に毒だ。本来なら目の保養とでも言いたいところだけど、二の腕に押されて形を変えている膨らみは、朝にはいささか刺激が強すぎる。

「しているさ」
「……反省してる人の行動じゃないわね」

彼女が言っているのは私の右手のことだろうが、仕方ないというものだ。寝起きの獣は腹が減っている。目の前に美味しそうな餌があれば、食らいつくのが道理であり、惜しみなく押し付けられた体は愛しむように触れるのが礼儀というものだ。
ジェーンのしなやかな太腿を、膝のほうから付け根へむかってなで上げる。シルクのドレス越しよりも直接触れていたくて、切り込んだスリットの間から手を差し入れようとするが、ジェーンは抵抗する。その細い腰を捕まえて、

「中々かまってくれない私に腹を立てたから、寝込みを襲ってくれたんだろう?」
「人聞きが悪いわね。私は仲直りのチャンスを、ロジャー、あなたに与えに来たの」

唇を湿らせるものだから、余計に腹が減ってくる。たくし上げるスカートの下は、すべらかで心地よい。

「それならば歓迎するよ、ジェーン。今日は一日、君に差し上げよう」
「いいわ、交渉成立ね」

冗談のように笑う彼女の顎をくい、と、引いて口付ける。いつもながら不思議なことに、ジェーンの香りは日によって違う。香水をつけているのだろうが、前日の香りの残滓すら残さないのはどういうわけだろうか。
それでも、なまめかしい口腔の中はいつもどおりに甘く、毒されるように求めてしまう。ドレスと同じようにさらさらとした髪の束が流れ落ちて、

「うれしいわ、ロジャー」

目を細めて笑う顔が逆光に融けようとした。
が、それまで穏やかだったピアノが突然荒々しく吼え始める。


「…………どうしてあの子はこうも極端なんだ!」

ドロシーのピアノは私の安眠だけでなく、仲直りすら妨げるつもりらしい。ジェーンはともかく私はこのまま仲直りを続ける気を削がれたものだから、階下に怒鳴り込みに行こうかと上体を起こす。その私の傍らでジェーンは笑う。

「女を二人もはべらせておくから、こうやって噛み付かれるのよ」
「はべらせてなんか、いないさ」
「そうかしら?」

心底不思議そうな顔をするジェーンもまた、髪をかき揚げながら体を起こした。

「それで、どうするの?」
「こんなやかましい中で、できるわけがないだろう?」
「あら、私気にしないわよ?」

つい、と体を寄せて、ジェーンは私の首に腕を回した。今更気にするほどのことでもないかもしれないが、ドレスの裾が乱れて足もランジェリーも見えている。消えかけていたにもかかわらず、また火がついてしまうあたり私も中々こらえ性のない男だと思っている。
しかし、本当に魅力的なのだ、彼女は。

「ロジャー、ピアノよりも激しくして頂戴ね?」

下唇に噛み付かれて、ああ、私は到底彼女に勝てそうにないと悟った。仲直りなんていいながら、結局彼女にされるがままだ。ネゴシエイターの名が泣くなどと馬鹿げたことを考えながら私は彼女をベッドに押し倒す。

「――努力するさ」

ああ、だけどもしもただ一つだけ、交渉の末に合意が得られたことがあるとしたら、それはきっとこの場所での、私たちのポジションだけなのだろう。

- end -

20120721

まだ6話までしか観てないのに脊髄反射で書いてしまいました。ロジャーさんが好みです。25歳て聞いて愕然としました。