100 Title



029...湿布を貼る

(パオフゥの台湾時代の話です。自称命の恩人のひよっこ悪魔召喚師のヒロインの家で毒にも薬にもならない同居生活を余儀なくされており、まれに特訓の相手をしてもらっているようです。)


「いっ――」
 多分「痛い」 と言いたかったのだろう言葉の末尾は、薬剤のにおい漂う空気の海に消えて行った。それが男だから、なのか、それとも大人だから、なのか。わたしにはよくわからないが、この人もまた、それなりに面倒くさく、それなりにねじくれた生き方並びに性格をしていることくらいいい加減理解できていた。
「情けない声出さないの」
「出してねえ」
「そう? じゃあもう一枚」
 何をしているのかと言うと、彼はわたしの仲魔に特訓だか訓練だかと称して掴みかかったはいいものの、見事に……否、見るも無残に負け越して体中あざだらけになって、その結果わたしが背中に湿布を貼って差し上げているわけなのだ。
「痛ぇ!」
 バカである。どう見てもバカだ。男なんて大人になってもバカをやめることができないに違いない。きっと自分よりも非力に見える女悪魔だから甘く見たんだろうけれど、スカアハ相手に肉弾戦で勝とうなど思い上がりも甚だしい。少なくともわたしは遠慮したい。
 この人にはそういう遠慮というものがほとんどない。数か月前に行き倒れていた頃と比べれば、そりゃあ生気はみなぎっているしやる気に満ちているのはいいけれど。でもそうやってがむしゃらに、変な目標に突き進んで、結局こうしてボロボロになって、最後には燃え尽きてしまいそうで。
「お前、なんで湿布貼るのにいちいち力入れて叩くんだ!」
「やーね、気合入れてあげてるだけよぉ」
「いらねぇっての」
 振り返った顔にどぎまぎするようになったのはいつごろからだろう。

 もう復讐なんていいじゃない。全部忘れて静かに暮らしてもいいじゃない。
 そう言いたいのに言えない。こんなわがままを押し付けたくなったのはいつからだろう。
 彼の背中には未だ引き攣った銃弾の跡が残っている。指先がそれをなぞってしまうのを、彼は知っていて止めなかった。
 ねぇ、わたしこの傷跡ごと、あなたを愛せるわ。どこへも行かないし、あなたを守ることだってできる。だって強いもの。強いから、あなたを残して死んだりしないわ。
 一人っきりになんてしないわ。
「くすぐってぇよ」
 男はやっぱりバカである。こんなにも健気な女がいるというのに気が付きやしない。だからわたしだって、この傷跡から手を離さない。
「なぁ、なにしてんだ」
「おまじない」
「……呪いじゃねぇだろな」
「呪うんならこんなことしないわ」
 そしてもう一つ彼がバカである理由は、わたしを子ども扱いしてやまないこと。
 広い背中に頬をくっつけて二本の腕をからめても、ちっともその気になりゃしないこと。
「……だからお前は何がしたいんだ」
「……わからない?」
 わたしは全部忘れてほしいだけ。
 そしてわたしの中の、悪魔のような情欲を知ってほしいだけ。
 なのにそれを言い出せないわたしも、彼に劣らぬバカなのだろう。

- end -

20140209