100 Title



030...ひきしまったボディ

たまに琥一くんが私の家に遊びにくる(だけではないけど)、ということに慣れてきたある日のこと。

晩ご飯を食べて、片付けも済んで。私は大学の課題を片付け、琥一くんはヘッドフォンで音楽を聴きながら雑誌を読んでいるはずだった。
たまに友達から「なんでせっかく一緒にいるのに別のことしてんの?」と聞かれるけど、気を遣わなくていい関係になったのは私個人としては喜ばしいことだと思っている。
それに課題をきちんとやらないと、琥一くんは怒るのだ。うーん……怒るっていうか、悲しむ?
別に保護者感覚でそうしているわけではないんだと思う。
高校時代に一度、私の成績が落ちてしまったとき、彼は「自分のせいだ」と言ってとても辛そうな顔をしていた。
それを見ている私も辛かった。
だって、どうしたって琥一くんのせいなんかじゃないのに、そうやって考えさせてしまうなんて、自分が不甲斐無いにもほどがある。
それから猛勉強して今の大学生活に至るわけだけど、あの経験はもう二度とごめんだ。

教養科目の近代文学なんたら、のレポートはとりあえず終わった。一晩経ってから見直しをして、明後日提出。下書きから見直しまで一気にやってしまうよりも、時間を置いてからのほうがいいというのを友達から聞いて実行している。私、真面目だ。
椅子の上で背伸びをすると、ベッドの上に寝転がっていた琥一くんが何か動きを見せた。ベッドがきしむ音がする。
ふと壁の掛け時計に目を移すと、もう11時だった。
「終わったか?」
「うん。後は明日、見直しだけ」
「そうか、お疲れ」
うん。ずっとディスプレイを見ているのってけっこう疲れるかも。
首を左右に振りながら、椅子から立ち上がって体全身を伸ばす。お風呂のお湯、はってこようかな。
そういうと、琥一くんが私を引き止めた。
「なあ、」
「うん?」
琥一くんはベッドに腰掛けて、私は机の前の椅子に再び座って向かい合う。
なんか、真面目な顔で見つめられるとくすぐったい。
こういうところはまだ、慣れてないのかもしれないな。
けっこう真剣なつもりでいた私の耳に届いた言葉は、予想外にもほどがあった。
「俺、最近太ったか?」
「――――はい?」
一瞬、ぽかんとしてしまう。だって、しょうがない。
ちょっと照れくさそうに、いや、いっそ悔しそうにも見える琥一くんの顔を見ていると、なんというか微笑ましいにもほどがある。
『そんなこと言うの、花子ちゃんくらいだよ』と琉夏くんが呆れていたのを思い出した。いやけっこう、この人はこの人でかわいいところがあるんだけど。
ああ、そうじゃなかった。
「なんでまた……突然どうしたの?」

聞けば、久しぶりに実家に帰ってきた琉夏くんと鉢合わせして言われた一言が「アレ?幸せ太り?」だったんだそうな。
肉体労働のガソリンスタンドのアルバイトよりもお父さんのお仕事を手伝うほうが多くなったし、高校時代とは違って毎日お母さんのお料理も食べられるし、etc。それに私の料理だって量が多いんじゃないかとまで言われた。
「ええ……それはとばっちりでしょ……」
「あ?」
「でもWest Beachにいたころよりバランスのいい食事を食べてるはずでしょ?」
少なくとも私は気をつけて作ってるつもりだけど。
「だったら……運動不足とか?」
「…………」
「ほら、車にばっかり乗ってるから」
高校時代もバイクに乗ってたけど。
「そのくらいしか、私には思いつかないなぁ……」
私が首を傾げると、琥一くんは立ち上がった。
「ハァ……筋トレでもすっか」
ジョギングとかの方がよさそうな気がするけど。
「ほら、お前も手伝え」
「ええ?」
「腹筋。足、押さえてろ」
「ああ、ハイハイ。って、今から?」
「風呂入る前にやったほうがいいだろ」
「ん……まぁ、そうかもしれない……」
ベッドの上に寝そべって、琥一くんは両足の膝を垂直に曲げて山を作った。
私はくるぶしの上に跨って、彼の膝を抱えて更に体重をかける。まさに体育の授業のような感じ。
あのときは女子同士だったけど、琥一くん相手だと私が浮き上がりそうなので気持ち強めに体を預けた。
「いいよ?」
ばっちこーい、そんな感じで声をかけても、琥一くんの上半身は起き上がらなかった。
「琥一くん?」
「…………ハァ」
あ。呆れたときのため息だ。
なんか変なことしたかしらと思って聞いてみると、
「……当たってんだよ」
「何が―――」
あっ、と思って体を引き剥がそうとしたときにはもう遅かった。
両腕をつかまれて、引っ張られる。
「ちょっ……」
「別の運動にしようぜ、な?」
「え!?ちょ……やっ!」
「お前も幸せ太りってやつになってるかもしんねーだろ」
「なってません!あっ……!琥一くんの……え、えっち!」
「へーへー」

- end -

20101002

なんなんすかね、こいつら(笑)