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034...かたぐるま

「わたしに紹介したい女がいる。君は確か、そう言っていたと思うが」
 久しぶりに我が元を訪れた親友は、小さな一つの影を引き連れていた。そういえば引き合わせたい人物、それも女がいるだとかなんだとか、そんな話をしていた記憶もたしかにある。
「そのとおり」
 プッチはいつものように穏やかに笑うが、彼の傍らにいるのは、どこからどう見ても女と呼べる歳ではない。少女というよりもこれでは幼児……そう、幼児だ。背丈はわたしの腰のあたりにも及ばない、あどけない顔の大きな子供らしい眼がこの上なく、子供らしい。子供らしいと言う以外に形容する言葉が思い浮かばない。身にまとった白いシャツと黒いワンピースはおそらく、見習いの修道女が身に着けているのを縫い縮めたものだろう。子供らしくないところと言えば、その地味な色くらいのものだ。
「ごきげんよう」
 しかし彼女は恭しく、スカートを両手でつまんでひざを曲げる挨拶をして見せた。ませているのかふざけているのか知らんが、表面的には子供らしからぬ所作ではある。
「なぜまた君は――」
 これは少女に向けたのではなく、プッチに対する言葉だ。しかし挨拶を返さなかったことは彼女の機嫌を損ねたらしく、少女はもう一度スカートのすそを持ち上げた。わたしの言葉を遮りながら。
「Nice to meet you, sir(ご機嫌よう)」
 舌足らずではあるものの、しかし一言一言を丁寧に美しい言葉を毅然と紡いでみせたのにはいっそ感心した。このDIOを前にして臆するところもないというのはこの子供、なかなかに命知らずではないか。さすがプッチがわざわざ連れてきただけのことはある……のだろうか。
「これは失礼、レディ」
 ならばとこちらも膝をついてみせると、彼女は満足したかのように笑う。言動はともかく、その顔つきはどう見ても子供のそれで、少しばかり拍子抜けしそうだった。
「お名前をお聞かせ願えるかな?」
「ジェーンよ」
 こんなやり取りは人間だったころを思い出させる。いわゆる社交界のぐだぐだとしたあれこれを思い浮かべると、今でも鼻から嘲りの息が漏れそうだった。もっとも、どう考えてもあの頃の社交界にだって目の前の幼女のような年頃の子供はいなかったが。
「よろしく」
 その小さすぎる手をとって唇を寄せるふりをすると、彼女はなお満足そうな顔を浮かべた。一体どういう出自なのか気になるところではある。わたしはかがめていた体をもとに戻し、今度はプッチのほうへ視線を向けた。
「わたしが留守にしてしまうと彼女の面倒を見る人間がいなくなるのでね――」
 聞かれずとも答えてくれるあたりはさすがに我が友である。しかしその思慮深い友人も、小さな淑女には手を焼いているのかもしれない。レディ・ジェーンは彼の法衣の裾をぐいとひっぱって抗議の声を上げた。
「ブラザー・プッチ、わたし、めんどうをみてもらう必要なんてないわ」
 こどもじゃないんだから。と、言外の訴えを感じる。
「ああ、すまない。ジェーンの――そう、世話をしてくれる人がいなくなるのでね。まあ、そういうわけで連れ……同行してもらっているわけだ」
「なるほど」
 大方このこまっしゃくれた淑女の相手など誰もしたくなかったに違いない。我が邸の執事もこの客には手を焼くだろう……と、気を揉むわけではないのだが、そのときは少しばかり気にかかっていた。

§

 案の定だった。
「DIO様にあのような振る舞いをさせるとは、なんと不遜な子供でしょう」
 どこから見ていたのか、あるいは聞きつけたのか、テレンスはなにやら憤っている。
「気にするまでもあるまい」
「DIO様、」
「所詮は子供、こちらがムキになるほどのことでもなかろう」
 それはそうかもしれませんが、と、テレンスはなにやらもごもごとしているし、その傍らでエンヤ婆がそれでこそ帝王の器だとかなんだとか、わめいていた。
 馬鹿馬鹿しい。帝王云々以前に、子供相手に大人としてどうなのだ、という話だ。何やら小馬鹿にされている気がしないでもないが、面倒なので放っておく。

§

 プッチとともに帆船の模型を作る。現在ではこういった船はあまりないらしい。眠っていた間にずいぶんと様変わりしたものだと零すと、何も知らないジェーンが不思議そうな目をして身を乗り出してきた。
「お寝坊さんなのね」
 確かに百年近く眠っていればそう言われても仕方あるまい。巧妙に隠したつもりかもしれないが、プッチが笑ったのをわたしは見逃さなかった。

§

 ミルクたっぷりの紅茶を飲みながら、ジェーンはわたしの頭にそのつぶらな目を向けていた。
「きれいなおぐし」
「おや、ありがとう」
「エッグタルトみたい! シスター・イライザの焼くエッグタルトはとてもおいしいの!」
 今度こそ、プッチはこらえきれずに噴出していた。自分の髪をエッグタルトにたとえられたことはない。どころか、食べ物にたとえられたこともない。大体、たとえるものでもないだろう。
「……君は中々面白い発想をするな」
「どうもありがとう!」
 別にほめたわけではないのだが。
 何を考えているのかは知らんが、ジェーンはわたしの腰掛けている椅子に、正しくはわたしの膝によじ登ろうと手をかける。危なかろうと手を差し伸べてしまい、これではいいようにされているのと同じではないかとげんなりしてしまった。
「気に入られたようだね」
 プッチはプッチで、保護者の義務から解放されてせいせいしているようである。ただ膝の上のジェーンだけが、満足そうに喉の奥を鳴らしていた。

§

 ジェーンが成長すれば、おもしろいこともあるだろう。
 プッチの薫陶(?)を受けているせいか生来のものかわからないが、わたしに対する彼女の豪胆ともいうべき立ち居振る舞いは目を見張るものがある。成長した姿如何によっては、彼女がプッチとはまた異なる種類の友人になることも期待できよう。
 ……。
 ……できるだろうか?
「すてきなレディになりたいわ」
 彼女は彼女で己の未来をあれこれと考え、その小さな頭をさまざまに悩ませているに違いない。
 妙に物憂げな言葉を吐く頭上の淑女が一体何を思ってそこにいるのかは全くわからないところではあるが。
「肩車をせびっているうちは無理かもしれんな」
「でもしてくれたじゃない」
「……」
 このDIOに肩車などさせた女は、いや、人間は、世界でお前一人だろう。高いところが好きなのか、それとも単に遊んでほしかっただけなのか。とにかくジェーンというこの淑女はことあるごとにわたしに関わろうとするのだ。ほとほと呆れてしまう。彼女ではなく、関わってしまうこんな自分に、だ。
 甘やかすのも終わりだと、肩車していた彼女を下ろす。あわい星明りに照らされた窓のさんに腰掛けられるようにしてやると、それはそれでまた彼女を楽しませているらしかった。つつましやかだとか、しとやかさという言葉は彼女とは無縁らしい。少なくともお転婆少女という言葉がよく似合う今は。
「ジェーン、よい女になるのだな」
 ため息交じりにそう諭すと、
「今もいい女よ」
 と、怖れを知らぬ無垢が応える。さっき言っていたことと違うぞと、言ってみたくもあったがやめた。
 もしかするとこれが、毒気を抜かれるというやつなのかもしれない。あるいはこれは、ままごと遊びか。ようやく答えのようなものが見つかったせいか、わたしはやっと、少し笑うことができた。
「それは失礼」
 淑女の手の甲に唇を落とすと、ふっくらとしたそれがくすぐったそうに震える。
 よい女になるといい。
 そう、このDIOが喰らうことを躊躇う程度には。

- end -

20140814

ツイッターで盛り上がったようじょネタを書いてみた。台詞を使わせてくださった某様ありがとうございました!