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038...思いっきり倒れこむ

それはあまりにも唐突で、心の構えなんてこれっぽっちもできていなくて、なのに崩壊というのは、いつも突然にやってくる。

わたしがその日のことを思い出すと、いつもわたしが彼の髪を、この指で梳いている場面から始まる。膝枕のように、仰向けの彼の頭を載せて。
彼の長い髪、きれいな、銀の色。夜空をかける星の色。とても、好き。
あれはどこだった?



「俺は時々、自分の中に埋めようのない穴が開いている気がしてならない」

何の脈絡もないの。その直前に何を話していたのかわからないけれど、唐突に彼はそんなことを言って何かを悼むような顔をした。
その穴は、どこに開いているのかしら。人の心はどこにあるのかしら。あたまのなか? それとも、むねのうち?
首筋を伝ってわたしの指先が下る。はっきりとわかる骨のかたち、なめらかな肌のきめ。指先の神経全部が彼を感じ、彼のすべてを受け止める。胸の上に止まった手のひらが、じんわりとした熱を交換し始めると、彼はそっとため息をついた。
セフィロスが弱音を吐くのはわたしの前だけ。他の誰にも許されない特権。わたしのかわいいひと、わたしのいとしいひと、わたしのすべて。

「わたしにも、埋めることはできない?」

拗ねたみたいに聞こえたのか、彼はわたしの言葉を笑った。

「そうだな」

不意に手首を掴まれて、わたしは昔のことを思い出す。思い出そうとする。
わたしと彼はどこでどうして出会ったのか、手繰り寄せる過去の波の中に二人の姿はどこにもない。思い出せない。思い描きたい影を、必死で呼び覚まそうとしているのに。
だけど思い出せない。忘れてしまったのかもしれない。だけどそう思いたくない。

でも違うんじゃないの?

きっと二人、最初から同じだったから。一緒だったから、思い出す必要もないの。思い出すものなんてないもの。
ただわたしは彼の腕に抱かれて淡い光の海を揺蕩う。心地良い。とても、安心する。
わたしの居場所はここだけ。彼に包まれ、彼を内包する。わたしたちの間にあったはずの壁も隙間も溝も、全部とろけて、まざって、あふれて――





「きもちいい?」

夜が好き。つめたい空気は彼によく似合うから。

「このまま、」

伸ばされた手の色素のない肌は、影が落ちれば月の砂漠の海のよう。
その水のない海に抱かれてみたいと彼はいつだったか、口にした。

「このまま、眠ってしまいたい」

彼の髪の先は、剣の切っ先のように冷ややかで、危なっかしい。
なのに持ち主はこどものようにわたしに甘えて、ああ、いつまでもこのまま、抱きしめてなぐさめていたい。

「ばかなこね」

ひとりになんてしないわ。




甘い花の香り 永久を歌う御子 わたしは星をめぐる あなたをさぐり そのなかへしずむ




それはあまりにも唐突で、心の構えなんてこれっぽっちもできていなくて、なのに崩壊というのは、いつも突然にやってくる。

世界の終りの日。彼がいなくなった日。冷たい雨の魔晄都市が、いつもわたしの願いを阻む。
でもいなくなったのはわたし以外の人の前からだけ。わたしには関係ない。
けれどわたしの世界は終わる。今日、終わる。

「セフィロス、あいたかった」

ああ、あの日と同じ、あたたかい頬。こどもみたいな愛らしい額。あなたの腕。やさしい腕。ここだけがわたしの居場所。
わたしのせかい。
全部全部わたしのもの。
わかっているわ。わたしのすべてを奪ってちょうだい。
その銀色に刺し貫かれ、わたしは何度もあなたと交わり、融けて、笑いながら、迎えられる。


さみしくなんかないわ、あなたがいるんだもの

かなしくなんかないわ、ずっといっしょだもの

いたくなんかないわ、わらっていられるもの


つめたくなんかないわ、ほのおのいろだもの



にどとはなしたりしないわ あいして いる も  の





- end -

20130405