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056...上の物を取る

「何してんだ?」

そのとき私は、教室の右後方隅に設置された掃除用具入れのさらに上に置かれたバケツを取るべく奮闘していた。
具体的な手段としては、背伸びをして目いっぱい手を伸ばす。椅子を持ってくるのはめんどうだし、もう少しで届きそうでもあったからつま先立ちでプルプルしていたのだ。
「三井、」
「……ああ、バケツか?」
三井は面白そうに私の頭からつま先までをじーっと見て、それから自分より少し高いだけの掃除用具入れの上を見た。
なんと意地の悪いヤツ。すぐにとってくれればいいってのに。
三井はちょっと前までなんか『どうなのそういうの?』って言いたくなるような格好のヤンキー(死語?)ではあった。でもなんとなーく、こいつは根っからの悪人ではなく単につっぱっているだけだろうってことは、私だけじゃなくみんな感づいていたはず。
なのに突然更生してみんなびっくりして、それはいいとして、性格は悪くなったんじゃなかろうか。
見た目と逆だ。なんか爽やかーな感じになってるのに、もったいない。
「椅子持ってくるとかすりゃいいだろうがよ」
へらへら笑いながら、三井は掃除用具入れの上に手を伸ばした。いともたやすく。三井の手の届く範囲、なんというか生活圏みたいなものは私よりずっと広いんだろう。そう思うとなんか理不尽だけどいらっとする。
「ほらよ。チビだと大変そうだな?」
やっぱりむかつく。
「どーもありがと!三井でも人の役に立つことあるんだね!」
手渡されるバケツをひったくって、流し場に向かうことにした。
何か言い返されるかと思ったけど、私の背中に声がかかることはなかった。
バケツの中に水を入れながらふと気がつく。
ひょっとして私は今、ひどいことを言っちゃったんじゃなかろうか。
これはちょっと三井のこと見くびりすぎかもしれないけど、あいつはあいつなりに、今までの自分がしてきたことをちょっとくらいは反省してるんじゃなかろうか。
なのに『人の役に立つことあるんだね』っていうのは、人によってはぐさっとくるものがあるかもしれない。
うわあ。どうしよう。
雑巾を絞りながら、罪悪感にさいなまれてきた。
振り返ったら三井が見えそうだけど、もしこの世の終わりみたいな顔をしてたらどうしよう!
バケツから溢れてくる水をほったらかして、あやうく雑巾で顔を覆うところだった。あぶない。

「よーミッチー!掃除にはげんでおるかね」
「んだテメ、なんでこんなとこにいんだよ」
「ハッハッハ、天才は神出鬼没だからな」
「意味わかんねえ」
大きな声に振り返ると、バスケ部の赤頭君と三井が話しこんでいた。楽しそうに。
なによ。
気にしてたの私だけなんて、かっこわる。

- end -

20101209

安西先生、鍋がしたいです。