100 Title



071... モジモジする

いつも楽しそうにしているクリスくんのため息が聞こえてきたのは、美術部員がほとんど帰ってしまった後だった。
ほとんど、というか!二人きり!
美術室のど真ん中を、確認するように振り返ったら全く別のことが確認されてしまった。筆を洗うことに一生懸命になってたせいで気付かなかったけど、二人きり!
なんて急上昇してるテンションを隠すように、そっと小声で
「どうしたの?」
って聞くと、
「花子ちゃん〜」
と、まるで子供みたいな顔で私を見上げてくる。
「な、何かあった!?」
あんまり見たことのない種類の顔だったから、思わず声を荒げてしまう。
「それがなぁ?」
何だろう……文化祭の展示で重大なミスをしちゃったとか、不具合があったとか、いやそれ一緒じゃん。落ち着け私。
とにかく、いつも笑顔のクリスくんがこんな顔をするなんて重大事件に違いないと思って向かいあって腰を下ろした。

クリスくんは、小さな袋詰めのチョコレートを指差す。
「これなぁ、思ってたより入ってないねん」
「…………は?」
白とメタリックな水色の袋の中には、個包装になった小さな袋が詰まっている。
「あかんわぁ〜。ぎっしり詰まってるー思うたから買うたのにぃ〜。一個一個包むのはエコやないし〜。なぁ?」
「え?なに?それじゃ……」
たくさん入ってると思って買ったチョコレートの中身が思ったより少なくてがっかりしてたってこと?
そんだけ?
「そんだけ?、やないで〜?やっぱこういうのアカンと思う」
呆れて物も言えない私に、クリスくんは妙に真面目くさった顔で続けた。
「だってぎょうさん入ってたら、みんなにおす……"おすそあげ"できたやろ?」
「裾上げ……?あ、おすそわけ?」
「そうそれ! みんな疲れてるみたいやったから買うてきたのに……ガッカリやわぁ」
へこむー。じゃろにいうちゃろー。と、言って頬杖をついている、クリスくんを見る私の目が今のでちょっと変わったと思う。
どちらかっていうとムードメーカーな方で、突然水墨画を始めたり二宮像をペイントしたりといわゆる奇行が目立つ(それでも許されるのがずるいトコだけど、)タイプだけど、クリスくんって本当に優しい人なんだって、思った。
かっこよくてフェミニストだけど、それだけじゃないんだってわかって、私は嬉しかった。自然と、笑顔にしてくれる人なんだ。今私がニコニコしてるみたいに。

「そっかぁ。疲れてるときは甘いものって言うしね」
苦笑する私に、クリスくんがぱっと顔を上げた。
「せやろー?わかってくれたー?」
「私、今度の日曜日にクッキー焼いてもってくるよ。食べきれないくらい」
「えっ?ホンマ?楽しみ増えるわ」
そう言ってニッコリ笑ってくれるクリスくんを見ていると、こっちも優しい気持ちになれる。
確かに毎日遅くまで残って、それにおやすみの日も学校に来て文化祭の準備に追われてて、最近ずっと疲れてる。
でもそれってみんな同じで、そこんとこちゃんとわかってるクリスくんの優しさに触れられて、嬉しかった。
「でも無理したらアカンで〜?」
「大丈夫だよ?こう見えてもお菓子作りは得意なんだから!」
どう見えてるのかは知らないけど。
両手でガッツポーズみたいにしてみせると、クリスくんが「花子ちゃんは時々おもろいなぁ」と目を細めた。
おもしろい、って、クリスくんに言われるとは思わなかったけど。
「せやったらボクからも、ハイ」
語尾にハートマークがつきそうな甘い笑顔で差し出されたのは、袋の中のチョコレート。それも一掴みにどっさり。
「クッキーのお礼の前払い」
「え?そんな、私が勝手にやることだし……」
「ほんなら、コレもボクが勝手にしてることやから」
両手に乗った小さな包みと、クリスくんの顔を交互に見ながらおたおたしていると、急に手を握られた。
握られたというか、手のひらを包まれたというか。
「もらっときー?」
「えっ、あっ、う……うん。ありがと……」
触れられてびっくりしてる私なんて気にしてない風に、クリスくんは自分の元に残ったチョコレートを一つ、口の中に放り込む。
「甘いのはおいしいなぁ」
花子ちゃんもおあがり?と目で訴えられているようで、手のひらの中身を一旦机の上に並べて、そのうちの一つをほおばった。
「あ、ほんとだ。おいしいね」
「よかった。疲れもふっとびそうやなぁ」
「クリスくん、チョコレートが好きなの?」
「せやなー。でも、ちっちゃいころはよう、おかあちゃんと一緒にクッキーとか作ってたし、お菓子はなんでも好きー」
「そっか、うーん……」
プレーンなクッキーとかココア味とか、それとも紅茶葉やドライフルーツを入れたほうがいいのか、どうだろう。
「きっとクッキーがおいしかってんは、作った人が頑張って、食べてもらう人のこと考えてたからやんなぁ」
クリスくんが頬杖をついて、ニコニコしている。
どういう意味だろうと思って首をかしげていると、
「おとうちゃんがな、そう言ってたんよ。ボクとおかあちゃんの作ったクッキー食べたら、幸せやー言うて、笑っとった」
「お父さんが?」
「うん。せやからきっと、花子ちゃんの作ったクッキーもおいしい」
「へ?そ、そうなの?」
「だって花子ちゃん、いつもボクのことも、みんなのことも気にかけてるし。おいしくないわけない」
きっとプレッシャーじゃなく、純粋にそう思ってくれているんだろうけど、プレッシャー……。
「だって、やっぱり……みんな気持ちよくクラブ活動できたほうがいいから……、その」
「そういう気持ちになれるのは、みんなやないで?花子ちゃんはすごい」
そんなことで褒められるなんて思ってもみなかったし、クリスくんって意外に人のこと見てるんだなあって、新発見だった。
それが私限定だけだったらいいのに、なんてことも考えながら、やっぱり照れくさくてちょっとだけ顔を俯けて、こう言った。
「あ…………りがとう」
金色の髪にも、同じ色の睫にも夕陽の光がちりばめられて、とっても綺麗。
クリスくんが笑うのにあわせて、光の粒が空気中に舞っているような気がした。

- end -

20110507

くーちゃんは我が癒しの天使。