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074...あぐら

ザクエアでDC後数年くらいの話です。






最初、ザックスが何言ってるのかわからなかった。
社食で日替わり定食食べてたら見慣れたツンツン頭が視界に入って、ここのところご無沙汰ではあったけれど、ザックスはいつもみたいにまた、「よーおジェーン!元気してた? あ。それ旨そうだなぁ!一口!」 とか言い出すに違いないとか、そうするのが当たり前って顔してわたしの隣の椅子に腰を下ろしたりするんだろうって思ってたのに、ザックスはわたしなんか見えないみたいな感じで、さっさとトレイに定食を、ごはん大盛りにして乗っけると、さんさんと日がさす窓際の席に陣取ってしまった。
おかしいな、って思っても、今までそうだったみたいにわたしは自分から声をかけることもできなかった。ていうか、しなかった。恥ずかしかったから。
なんだかうれしそうな様子で携帯をいじってるザックスを遠巻きに見ていたけれど、こんなわたしにも女のカンみたいなものは備わっていたのか、それとも無性にむなしくなった心に突き動かされたのか、昼食を食べ終わったザックスが返却口へ向かうのと合わせるようにして席を立つ。
何食わぬ顔で、「久しぶりだね、元気してた?」 って、それこそザックスの口調を真似して、かるーい感じで、話しかければいい。そう思ってたのに、
「ざ、あの……ザックス!」
「んー?」
振り返った顔にご飯粒でもつけてそうな間延びした声にほっとした。泣きそうだった。ばか。なんでわたしのこと無視しちゃうわけよ。そう言いたかった。
「おお、ジェーン!」
よかった。いつもどおりの笑顔だ。
「ひ、ひさしぶ」「ちょうどよかった!ちょっと相談に乗ってくれよ、実はさぁ……」
ザックスは返却口に並んでる人なんてお構いなしに、わたしにその、相談ってやつをし始めた。
「プレゼントを贈りたい相手がいるんだけど、どんなのがいいと思う? 相手はその、ちょっと年下の女の子なんだけどさ」
ザックスが何言ってるのかわかんなかった。
え?え? ちょっと待ってよ。確かにわたしはザックスより年下の女の子だけど、そういうの本人に聞くのってちょっとおかしくない?
なーんて、アホまるだしのこと、言えるわけなかった。
ザックスが言ってんのはぜんぜん別の女の子のことだ。わたしじゃない。わたしなんかじゃない。
よくトレイをおっことさなかったなって、後で自分をほめてあげよう。かろうじて両足で踏ん張って、かろうじて笑ってた。間抜けな質問はしなくても、わたしはアホまるだしに違いない。
そう、実際バカだった。
ザックスが毎度毎度熱烈に話しかけて口説いてくれるもんだから調子にのってた。わたしって特別! なーんてことも考えてた。
よくよく考えたらわかる。ザックスは背も高いしかっこいいし明るいし、ソルジャーだし、けど優しい。世界中の女の子がほっとくわけなかった。駆け引きなんて知らないくせに、真似だけはしたかった年頃のわたしは、ここで靡いたら自分の安売りよね、なんて思い込んで、ザックスのアプローチをそのたびごとに、のらりくらりとかわしていた。こっちから声をかけることもしなかった。ずっと待ってた。待ってたくせに、声をかけられたら「また?」 なんて言っちゃったりして。
ほんとは飛び上がるくらい、うれしかったくせに。あぐらかいてばっかだったのね。

ザックスになんて答えたかわからない。お花、って言った気がする。ミッドガルではお花は珍しいから。キラキラのアクセサリーとか、最新デザインのドレスなんてありふれていて、もう飽きた。例えばそうね、バスタブいっぱい、色とりどりのお花を浮かべて入浴なんて、お金がいくらあっても足りない。女の子の憧れをかなえてほしくて、ザックスにそう言ったかもしれない。自分の願望丸出しで、後になって恥ずかしくなる。
ああそうだ、思い出した。
お花、って言ったら、ザックスは困ったみたいに笑った。意中の彼女にはしっくりこなかったのかもしれない。
その顔で、ああやっぱりその子はわたしじゃないんだって、実感してしまって、なおさら惨めだった。

消沈したまま暮らして、わたしはつらいことなんて忘れてしまおうとした。それも所詮バカの選んだ道にすぎなかった。
わたしはザックスに、二度と会えなくなるってのに、彼を避けた。とは言ってもザックスのほうだってわたしと好き好んで話そうとしてたとは思えない。だけど――
最後に会ったのは会社のロビーだった。着替えて帰ろうとしたわたしに、ザックスは声をかけてくれた。でもわたしは、そのときのわたしはまだつらくって、「ごめん、急いでるから」 って、目も合わせずに。ザックスはちょっと残念そうに――実際、ちょっとだけだったんだろう――、「そっか、じゃあまたな」 って、手を振ったようだった。
だけどザックスはニブルヘイムで行方不明。今度はわたし、抱えていた書類をキープしきれなかった。床にぶちまけた会議資料は、その場にいたみんなが手伝って集めてくれた。だけどわたしが彼を無視した時間は、二度と元には戻らない。
もしもあのとき、二度とザックスに会えないんだよって知ってたら、何か変わっただろうか。
わかんないや。わたし、バカだから。

生き残ったのって、ラッキーだったのかな。
メテオが落ちても星痕に蝕まれても、わたしはしぶとく生き残った。バカだからかも。
大変なことがたくさん起こって、しばらくして落ち着いたころ、わたしはある人に出会った。それはリーブ“元”部長で、彼に再開したとき、少しだけ泣きそうになった。
昔同じ会社に勤めていた縁もあって、あと、やることも特になくて、世界再生機構にわたしは加わった。できることなんて電話番とか書類の整理で、実感として世界を再生させてる意識はあんまりなかった。でも、わたしの体のまんなかは、少しずつだけど回復していった。知らないうちにかさぶたになってたものは一回りくらい大きく、わたしの体を包んでいるような気がした。怪我をした覚えなんてなかったけど、わたしのそれは多分、深爪みたいなものだったのかもしれない。痛み出すのは、いつもあとから。上手くやることだってできたはずなのに、もう遅い。

ザックスのことをリーブさんに聞いてみた。
「……すまないが、わたしには心当たりもない」
当たり前だ。リーブさんがソルジャーに関わってたわけでもないし。個人的な面識はあるかなって、そう思ったけど、無駄だったみたい。
「いいんです。すみません、おかしなこと聞いちゃって」
両手を顔の前で振ると、不意に神羅にいたころを思い出した。あのころ、女子社員の間では白とピンクのネイルが流行ってた。みーんな、おんなじにきれいなつめをしてた。
今のわたしは、わたしだけじゃなく、生き残った人たちは、つめをきれいにする余裕もない。
じわりと、涙がにじんだ。どうしてこうなっちゃったんだろう。
「ジェーン、もしよかったら……」
リーブさんが見かねたように声をかけてくれる。背広のポケットをまさぐって取り出したのは、正直地味としか言えない、多分、チラシ……なんだろう。
「“ストライフ・デリバリー・サービス”?」
「わたしの知人でね。元は運び屋だけど、何でもやってくれる。人探しもきっと、請け負ってくれると思う」
探す、っていうのは、相手が生きてる前提だ。何年も前に行方不明になって、それからこの星は何度も大変なことに見舞われて、よくわかんない病気だって流行って、それでもしザックスが生きてたら、それって、ものすごい奇跡だと思う。ていうか、ありえない。
そう、わたしは、多分ザックスは死んじゃったんだと思ってた。どうしてそう思ったのかわからないけど、二度と彼に会えない、話せないってことが、無意識に彼の存在を消してしまおうとしていたのかもしれない。
でも――

『はい。ストライフ・デリバリー・サービス』
「あの、人を探してほしいんです」

何でも屋に電話をしてから、二週間が過ぎた。
わたしは相変わらず、世界を再生してんだかしてないんだかよくわかんない仕事に没頭していた。その合間にため息をついたり、数日前のことを思い出す。
電話に出た彼を、わたしは知っていた。
クラウド。
ザックスと仲良かった。たまに食堂で出会うことも会った。チョコボみたいな金髪と、幼さの残る顔。さすがに髪の毛のせいで覚えていたけど、その後のことは知らなかった。
生きてたんだ、っていううれしさがまずあって、でも、どうしてザックスの友達だったはずのクラウドは、わたしのお願いを「わかった」 って一言で片付けちゃったんだろう。
あ、一言じゃなかった。
「アンタも人が悪いって、リーブに伝えてくれ」
たぶん、リーブさんもクラウドも、ザックスが死んじゃったのを知ってるんだと思った。

不思議なくらい冷静だった。昔だったら、嘘をついてほしくない、なんて、泣き喚いたかもしれない。だけど今のわたしは、二人の優しい嘘を信じることにした。
最後まで。

「ザックスに届けてほしいもの、ないのか」
久しぶりに会う、っていうと変だけど、とにかく再開したクラウドは大人っぽく変貌していた。たぶんわたしも「こいつ老けたな」 って思われてるに違いない。覚えててくれれば、の話だけど。
変わったバイクにまたがったまま、待ち合わせのグローサリーストア脇でクラウドはわたしの目をまっすぐ見て、そう言った。もしもこのときクラウドが目をそらしていたら、わたしは彼をぶんなぐっていたかもしれない。
「ザックスに?」
彼は生きてるとも死んでるとも言わなかった。
どこに、とも言わなかった。
ザックスのいるところって、どこなんだろう。聞きたいけれど、聞いてはいけない気がした。
なぜならわたしはもう、二度と彼には会えないから。
「ああ。なんでも運んでやる。金はリーブが持つそうだからな」
先日リーブさんに、クラウドからの伝言を律儀に伝えたら、負けず劣らず律儀な上司は、寸の間目を伏せていた。
ザックスがいなくなっちゃったことは悲しい。悲しいけど、この数年でいなくなってしまう人に対する気持ち、すごく変わってた。わたしも大人になったのかもしれないし、麻痺しちゃってるのかもしれない。だけど、この先も生きていたら、いつか今日のことも、答えっていうのが見つかるってことはわかる。

「じゃあ、お花」
「花?」
「前ね、ザックス、女の子にプレゼントするなら何がいいって、わたしに聞いてきたの。お花って答えたけど、多分プレゼントしてないと思うから。そうねぇ、白とピンク。かわいい感じでめいっぱい! おっきな花束にして、あ、バイクに乗せて散らさないでね? 持って行って!」
クラウドは、わたしの身振り手振りに目を見開いていた。どこからか、子供たちの笑い声が聞こえる。
ザックス、女の子はやっぱり、お花をもらって悪い気なんてしないよ。
「わかった。花、だな」
「そう! ザックスの彼女もきっと、喜ぶよね?」
「……違いない」
クラウドは初めて笑った。やさしい顔だなって思った。
きっと、ここじゃないどこかで、ザックスは彼女に腕いっぱいの花束を渡して、それで彼女はにっこり笑って、そして、二人とも幸せ。かんぺきじゃない。
「クラウド、ありがとう」
わたしに決別の日をくれて、ありがとう。

それから数日後、出勤したオフィスの机の上に白とピンクの花を見つけた。
とってもきれいな花。そう思って手に取ろうとしたら、わたしは思わず噴出してしまった。
どうやら考えることは誰も同じなんだろうけど、そういう仕草はわれらが愛すべき律儀な上司には、ちょっと、ちょっとだけ――かわいらしすぎる。

- end -

20130408