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089...ポジティブにネガティブな言動をする

「よっす!花子」

最新号のはばチャを読みながら昼休みの残り時間を消費していた私の目の前に、ハリーがやってきた。なんだか嬉しそうにしているけれど、ハリーがそういう風になることって、何かあったかしら。ちなみに私に心当たりはない。
「どうしたの?」
ページを開いたままそう聞き返すと、ハリーは一瞬だけがっかりしたような顔になって、
「“どうしたの?”じゃねーよ!ほら……今度の週末ライブって言ってただろ?」
「あっ」
本当に今思い出したって顔に見えたのか、ハリーは今度はがっくりとうなだれてしまった。
「なんだよ忘れてたのかぁ?」
「いや、そうじゃなくて……」

聞いたところによると、チケットが予想以上に捌けてしまったらしくて、期末試験にかまけていた私は初動が遅れて、結局取れなくて。
でも、私だけじゃなくてもっと色んな人にハリーの音楽を聴いて欲しいし、それがハリーの夢なんだから、チケットが完売とか、そういうことは喜ぶべきなんだと思う。
私がライブに行けないのはちょっと、ううん、すごく、残念だけど。
でもそれは私がちゃんと情報をチェックしてなかったせいだから、文句を言えるわけない。ただハリーには申し訳なくて、今こうして話を切り出されるまで素知らぬふり……とまではいかないけど、私から話さないようにしていただけ。

だから驚いたとか、そういうことより先に気まずいというか、なんだかもどかしい罪悪感が心の中に湧き上がっていた。
ごめんね、ハリー。

「ま、いいや!オマエの分取っといたんだから、やる」
私がそんな風に悩んでいるのに、ハリーはいつもの明るい笑顔で手を差し出してきた。
持っているのは、

「チケット……?」
まごうことなき、今度の週末のライブのチケットだ。
「おう。オマエいつも来てくれてるからな。……まぁその、たまには…………とにかくやるっつってんだからありがたく貰っとけ!」
「ハリー……」
ちょっとだけ顔を赤くしてそう言ってくれるハリーの言葉がすごく嬉しかった。
でも、
「ハリー、嬉しいけどちゃんとお金は払うよ。えっと……」
「は?いやいらねえって!」
「ダメ!そこはきっちりしとかないとダメなの!」
「なんでだよ!?」
怒ってはいないけど、ワケがわかんないって顔のハリーに、私は一言ずつ言葉をつむいだ。
「あのね、すごく嬉しいけど、私がお金を払うのは、ありがとうの気持ちなの」
「……ハァ?」
「いつも素敵な音楽を聴かせてくれてありがとうの気持ち!」
照れくさいけど、それが私の本当の気持ち。
それに、音楽に詳しいわけじゃないからどんな素敵な曲を聴いても上手く言葉にできなくて。
そういうとき、悔しいけど“ちゃんとチケットを買う”ってことが、この気持ちを伝える手段になるかもしれないって思うし。ハリーだってちゃんとチケットが捌ければ、今度はもっと大規模なライブをしたり、楽器のお手入れとかも出来ると思うし、それって巡り巡って私とか、他のファンのためでもあるんだよね。

「そ……そう言ってくれんのは、嬉しいけどよ……」
嬉しそうに笑うハリーが、一方で恥ずかしそうに口を覆って照れ隠ししている。けっこう見慣れたけど、もっと素直に喜んでくれたほうが私も嬉しいのにな、って思う。
「俺はオマエに聴いてほしいからチケットをやるわけで……」
何言ってんだ、俺。
ハリーがぼそぼそと呟いている。
聴いてほしいなんて、すごく嬉しい言葉だ。いつか私だけのために、なんて分不相応なことまで考えてしまいそうになる。
「うん、だから、ありがたいけどダメ。そこは私のポリシーなの」
ハリーを尊敬してるから、こういうことを言うんだと告げてもハリーは納得いかないらしい。
「頑固だよなあ、オマエってさ」
呆れたように頬杖を崩しかけて、ハリー様は鼻を鳴らしている。
「ええ?もうちょっと言い方あるでしょ?」
「どんなだよ?」
「それは……」
思い浮かばないけど。

どうしたものかとハリーが眉を下げたとき、チャイムが響いた。
次は移動教室だから、と、私が化学の教科書を机から取り出すと、ハリーも座っていた椅子から腰を上げた。
「あー、じゃあよ、今日……一緒に喫茶店寄って帰ろうぜ?」
「今日?いいけど?」
「そんでオマエのおごりな」
「へ?」
突然の話題に首をかしげると、ハリーはじれったそうに私を指差す。
「それでチケット代チャラにしてやるって言ってんだよ」
それでいいのかな?と、更に首を傾げつつ、でもたまにはハリーのお言葉に甘えてみるのもいいかも、なんて考える。
「うーん、わかった」
「よーし、じゃあ放課後な!」
「うん、じゃあね?」

そういえば、いつも私から誘ってばっかりだったけど、ハリーに寄り道を誘われるのって初めてだ。
第一理科室に向かう途中でそんなことに気がついた。
いつかハリーから、デートにも誘ってもらえる日がくればいいなって、そんなことまで期待しちゃうようになってしまう私って、けっこう欲張りなのかもしれない。

- end -

20110429

ところでコミュノベ読破しました。