01

それは突然、降って沸いた話だった。

「夜会?」
「そう!」

猫足の椅子に腰掛けていた彼は顔を上げた。目の前には頬を赤らめて興奮気味の幼馴染の顔がある。
いつもなら自分の30センチほど下にあるはずのその顔にしかめ面を返しながら、哲学書をサイドテーブルに放り投げた。

「招かれたのか?」
「ええ!女王陛下主催のパーティに、ついに私もお招きされるようになったの!」

くるりと一回転してみせる彼女、ジェーン・バーキンは、招待状と思しき封筒を両手で大事そうに持ったままうっとりと虚空を見つめている。大方、彼女の頭はすでに王宮にトリップしているのだろう。いつも彼女は、王妃付の女官である姉から色々な話を聞いては、羨望の意を膨らませていた。ちなみにそれを延々と聞かされるのは彼の役目である。
夢見がちなのはいつものことだ。物心ついたときからそれにつき合わされていた彼、アナベル・ガトーは、ばかばかしいと思って読み止しの哲学書に手を伸ばす。
が、

「ちょっと!」
「なんだ」
「なんだ、じゃないわよ。王宮で開催される夜会なのよ?」
「さっき聞いたが」

ジェーンはガトーの大きな手から哲学書をひったくると、大きな目で睨んでいる。

「エスコートする人間がいないと!」
「……まぁ、そうだな」

何か嫌な予感はしていた。
わざわざここまで報告にだけやってくるわけもないから、大方の予想はつく。どうせ自分をエスコート役にでもしようと思っているのだろう。渋面を作ってやんわりと拒否の意を示すが、どうやら伝わらないらしい。
そう思っていたのが浅はかだった。

「というか、はい」

一通だけだと思っていた封筒の中から、ジェーンは更に小さなカードを取り出してガトーに渡す。

「なんだこれは」
「陛下直々の招待状」
「………誰宛に」
「貴方よ」

どういうことかと眉をひそめながら文章を確認すると、確かに国王のサイン入りで夜会への招待の旨が記載されている。
簡単に言えば、『ジェーンちゃんと一緒に来てね』とだけ書かれた白い紙切れ。
どうにもフランクなカードだが、現国王とは同じ剣術師範の下で育った親友のようなものだ。いつも彼に届けられる書簡は特別、くだけた物腰のものが多い。
それはまだわかる。問題は、何故自分宛のカードがジェーンへの封筒の中に入っていたのか。

「何のつもりだ」
「私に聞かれても」

別にお前に聞いたわけじゃないとは言わず、ガトーは浮き足立った幼馴染にため息を盛大に吐き出した。

20091210

title from たしかに恋だった (⇒「堅苦しい彼のセリフ」をお借りしました。)