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「アナベル・ガトー様が参られました」

平時にも甲冑を着込んだ若い衛兵が、まだ少し甲高い声で彼の来訪を告げる。吹き抜けのティー・ラウンジは一国の主の居場所としては些か不似合いかもしれないが、かの国王はここがとりわけ気に入っているらしい。

「入りたまえ」

機嫌がいいのか悪いのかわからない声音に、衛兵は「どうぞ」と促した。そこからガトーが一歩足を踏み出すと、東洋式の絢爛豪華なついたてがまず視界に入る。美しい鳥の図柄に金箔が惜しげもなく散り乱れているそれは、多少趣味が違うとは言えども王宮の備品としては申し分ない一級品だということがわかる。

「何かあったか?」

国王は布張りの椅子と揃いの足置きでくつろいでいた。まだ湯気を立てている紅茶と、たくさん並んだケーキの群れと、それから分厚い本が二冊、テーブルに乗っている。自分とさほど年の変わらない国王は、異国の言語で書かれた専門書をよく読んでいる。

「いえ……その、殿下の」
「予想は、ついているがね」
「は」

ガトーの言葉はさえぎられた。国王は口元に笑みを浮かべながら彼を見ている。どこかいたずらっぽい顔は、幼い頃のままだった。
ちなみにガトーは現在、王子の剣術師範を請け負っている。王子の教師と言えども、語学や歴史や芸術…それぞれに多数の教師が控えているのだから、一介の武官が国王にわざわざ毎回謁見し、報告することは、まずもってない。
だから、彼のもくろみは看破されていた。
大方、あのカードの真意を聞きに来たのだろうということは、国王は知っている。

「最初に言っておくがね、あれに頼まれて、というわけではないのだよ」

王妃のことを、彼は“あれ”という。剣術を教えているさなかにも思うが、斜に構えたような国王よりも凛とした王妃のほうに、王子は似ていると思う。

「ああいう場所に出て行くのは不満かな」
「とんでもない。この度はそのお礼を申し上げようと…」
「いや、私に謝辞を述べるのはいいんだ。ただね、君のお父上も苦労しているのではないかなとは、まぁ思うがね」
「父が…で、ありますか?」
「ああ。王子を見るたびに何か言いたげな目をしているよ」

そうしてようやく気がついた。思わず声を上げそうになって、慌ててその場を辞退する。
王宮の長い廊下を歩きながら、彼は自分の父親に悪態をついた。
二度目はないと思え、と。

20091210

title from たしかに恋だった (⇒「堅苦しい彼のセリフ」をお借りしました。)