Discoverd Attack?



戦争が始まった。

一般人なら悲壮感溢れる顔でもして、武器商人なら明るい顔をして日々を過ごすのだろうけど、戦線なんて想像以上に楽天的なもんだった。先日、ルウムで連邦のレビル将軍を捕虜としたニュースは文字通り宇宙を駆け巡った。俺達はそこにはいなかったけれど、いや、いなかったから、なのかもしれない。ともかく、この戦艦に乗り込んでいる兵士達の士気は上がっていた。
けれど、目立った戦闘は起こらず、毎日が哨戒任務とシミュレーターでの訓練。配備された当初はやる気に満ち溢れていた兵の顔にも疲れが見え始めていた。

そんな中の、コロニーへの上陸。補給のため、とドズル閣下は仰っているが、そのためだけに2日も休暇が与えられる(もちろん、交替で)のは不自然だ。直々に言葉までいただいた俺は、閣下の人柄をよく知っている。あの人は下っ端の兵のことまで気にかけてくれる人で、もしあの人が軍人でなくとも、俺はきっとあの人のことを尊敬していただろう。

「このまま哨戒任務だけだったら退屈で死ぬとこだったぜ!」
「それ、言えてる。派手な戦闘なんておこんねーしなぁ」
「何言ってんのよ!アンタが、いっちばん最初にやられそうじゃない」
「どうする?飲みにでもいく?」

シミュレーターでの訓練を終えて、娯楽室の前を通った俺の耳に聞こえてきたのは一般兵達の声だった。なんとなく足を止めてしまう。一般兵、と言っても中には俺と同じ年に士官学校を卒業した者、俺よりも年長の古参兵もいる。自分としてはさすがに、付き合いづらいというほどではないけれど、ついこの前までふざけあっていた仲間がいきなり上官になると、彼らとしてはどのような心境なのだろうか。まして、自分よりも年若い大尉、か。それが軍という、実力主義の支配する組織なのだとしても俺だってどこか気まずさのようなものを感じていた。

「あたりめーだろ。船の中じゃマズイ酒しか飲めねーし」

みな浮き足立ったような明るい声でガヤガヤと話している。男女交えて8人ほどだろうか、知っている声も聞こえる。まるで士官学校時代のようだと思った。昔の、わだかまりのようなものがないあの頃を懐かしく思っているのだろうか、俺は。

「ジェーンも来るよな?」

昔を懐かしむような自分に嫌気が差すようで、その場から立ち去ろうとした俺は誰かのその一言に動きを止めた。ジェーンはパイロットではない。ブリッジで管制をしているわけでもない。実戦データを取るためにこの舟に配備された技術官。戦闘要員ではないが、穏やかな人柄と親しみやすい性格のためか、荒っぽい軍人の中にも自然に溶け込んでいた。
彼女がここで何をしていたのかは知らない。娯楽室はかなり広く出来ているから、今話をしている連中のほかにも人間は多くいるだろう。
仲の良い兵達とコロニーに降りるのだろうか。可能性は、高い。パイロットはたまに宇宙にでるけれど、彼女は基本的に部屋の中に籠りっきりでコンピューターを弄っている(らしい)。ほとんどの者が気晴らしに上陸するのだから、きっとジェーンも喜んで外に出るのだろう。踵を返して自室へ向かう俺の胸中に、どこか釈然としない、寂しさのような感情が渦巻いていた。


隊長を初め、上位の仕官には個室が与えられている。自室に戻った俺はシャワー室へ向かった。シミュレーターで汗をかくわけはない。ただ、なんとなく熱いシャワーを浴びたかった。

ジェーンは、あいつ等と一緒にどこぞの街にでも繰り出しているのだろう。
口うるさい上官もいない。気心の知れた連中となら、気も休まるのかもしれないな。一般兵のあいつ等はあいつ等で、気を遣っているのだろう。自覚がないわけではないが、年下の兵にはなぜか怖がられているし、同年代の連中は先程述べたとおりだ。一般兵は自分達だけでつるんでいるのが楽なんだろう。大尉に任官されてからあいつらと行動することもそうない。いつも別の隊長や上級仕官との会議やら何やらで、気苦労と仕事だけは増えた。その上官も隊長も俺より年上で、彼らと飲みに行くなんてことがあるはずも無い。仕事の上ではたまに部屋に呼ばれたりはするけれど、さすがに休暇中にそんなことがあるはずも無かった。

俺は濡れた髪を乾かしながら、ベッドに腰を下ろした。どこかムシャクシャしていたのかもしれない、予想以上に勢いがついていたために、ベッドに放り投げていた認識票が床に落ちた。

カツン、と響いた音でチェス盤のことが脳裏をよぎった。

ここに配備されてずいぶん経つけれど、それがどういうきっかけで始まったのかはよく覚えている。
誰が置いたのか、娯楽室に高そうなチェス版が無造作に置かれていた。気性の荒い志願兵達は娯楽室の中で煙草を吸うか、他の場所で酒を飲むかばかりで、誰もそれに触れようとはしなかった。気には留めていたけれど、俺は得意といえるほどチェスをやったことはないし、第一相手をしてくれそうな奴も(人間関係でも、チェスのルールを知っているかどうかでも)いなかったので触ったことは無かった。
それを引っ張り出してきたのがジェーンだった。


その日、部下に伝えなければならないことがあったので、彼らを訪ねて娯楽室まで足を運んだ。用が済めばさっさと自室に戻るつもりだった俺の座るソファーの前のテーブルに、誰かが白黒の升目と白いキングの駒を置いた。
あまりにそれが唐突で、声も上げることができずにそんなことをした人物を見上げると、ジェーンが緊張したような顔で両手いっぱいに駒を抱えて立っていた。

『あ、あの!ガトー大尉はチェスをなさると聞きましたので、もし、もしよろしかったら私と・・・』

誰に聞いたのだろう、そもそも、俺はそんなことを誰かに話しただろうか?と考えながら、零れ落ちそうな白と黒の駒の山を見ていた。話していた部下は気を利かせて席を離れていく。用件は済んでいたのでそれは問題ではない。

『かまわないが・・・相手になるほどでは・・・』
『あ、ありがとうございます!』

顔を明るくして、ジェーンはなぜか敬礼をしてみせた。あ、そんなことをしたら、と俺が言うよりも早く、ジェーンの両手から駒がこぼれて落ちていった。娯楽室中の視線を集めるには十分すぎる音を立てて。


最初は案の定俺が負けた。しかし軍人の性か、元々負けず嫌いな性格のためだろうか、ジェーンの手を見ているうちにチェスがどういうものかわかってきたし、半月が経つころには初めて、彼女に勝った。
そのころには毎日のようにチェスをすることがジェーンと俺の間の無言の約束のようになっていて、それが、楽しみになっていた。
この船の中でどこか居場所がないような俺の相手をしてくれる存在は彼女ぐらいで、それもむやみやたらに大声で話をするような士官学校の同級生女子とは違い、比較的静かな空間が心地良い。ジェーンは勝っても負けても、聞こえるか聞こえないかギリギリぐらいの声で『やった』とか『残念』とか呟くだけで、そのあと必ず俺を見つめて軽く微笑む。

今頃、楽しい時間を過ごしているのだろうな。

役職や仕事の内容に不満があるわけではない。むしろ、充実している。
けれど、疎外感のようなものがまとわり着いていた。眠って、そんな憂鬱な思考を吹き飛ばしてしまおうと思ったけれど、まだ眠る時間にはほど遠い。横になって瞼を閉じたところで、考えが更に陰鬱な方向に進んでいくだけだった。

もし、

もし自分が一般兵で、彼らと一緒に街に繰り出せるような人間だったら、今頃・・・。

そんな微かな希望も、脳裏を掠めた。

いつもなら、娯楽室でのささやかな楽しみを味わう時間。それすらも、今の俺は消極的に考えてしまい、ある“そう思いたくない”可能性に思い当たった。

もしかしたら、

もしかしたら、楽しいと思っているのは自分だけかもしれない。

ジェーンは技術職でありながらパイロットにも管制官にも親しまれていて、それは彼女が人一倍優しく、気の利く人間だからで・・・
ひょっとしたら、あの日声をかけたのは俺のことを気遣ってしただけなのかもしれない。もしそうだとしたら、俺は何を舞い上がっていたのか。優しさにつけこんで、彼女に甘えていただけなの、か。そもそも、気にかけてもらえるほどの存在ではないのかもしれないのだ。
同じ時間にチェス盤の前に向かい合ってくれるのも、微笑んでくれたのも、俺の勘違いなのかもしれない。

はあ、とため息をついた。

考えれば考えるほど気は滅入る。ウジウジしていてもしょうがないし、せっかくの休暇だ。陸に上がらないのはもったいないような気がしてきた。書店でも回ってみよう。
もしかしたら、コロニーのどこかで彼女に会えるかもしれない。そんな子供じみた願いさえ、本気で叶って欲しいと思いながら。


さすがに大半の人員が降りているため、船の中は何時もよりも静まり返っている。重力ブロックを踵の音を気にしながら歩いていると、再び通りかかった娯楽室から聞き覚えのある音が聞こえてきた。

チェスの駒は、黒いものも白いものも硬質の擦りガラスのようなもので出来ている。それが、チェス盤にあたる音。カツン、というような音は断続的に何回も響いている。
誰かがやっているのだろうか。もし、この船にチェスをやる人間がいたとしたら、毎日独占していて悪かったな、と一人また暗い考えに支配されかけながら娯楽室に足を踏み入れた。クイーンの駒を指先で弄んでいる人物と、目が合う。

たった一人で娯楽室にいたのは、ジェーンだった。ソファの上で膝を抱えるように座っている。

「遅かったですね。あ、責めてるんじゃないです」

驚いた。何故、ここにジェーンがいるのだろうか。お忙しそうですからね、といいながら、ジェーンは目を合わせずにへらっと笑った。また、カツンと音が響く。立ったままなのもおかしいような気がして、俺はなぜかドギマギしながらジェーンの向かいのソファに腰を下ろした。

「来ないから、一人でやってたんです。大尉の手、こんなふうだなーって思いながら」

最初から、俺が黒でジェーンが白の駒だった。自分の方には黒い駒が並んでいる。

「ジェーンはコロニーに降りたのだと思っていた。・・・その、誘われてただろう?」
「え?」

ジェーンが顔を上げると、その日最大の至近距離で視線がぶつかった。心臓を掴まれたような痛みを感じた。

「なんで知ってるんですか?」
「さっき、通りかかったら聞こえて・・・いや、盗み聞きしていたわけでは・・・」
「行きません、行けませんよ」

ジェーンは少し頬を染めて、続きの言葉を発した。

「だって、大尉とチェスの約束がありますから・・・」

正直、
嬉しかった。
勘違いではなかったのだという安心もあったけれど、その“約束”を覚えてくれていて、ジェーンの中で自分がそれだけを占めているのかと思うと、それだけで嬉しかった。
緩みそうな口元をごまかすように、ジェーンが白い駒を動かした後、俺も黒い駒を続けて出した。

「私だけ・・・でしょうか、約束なんて思ってるの」
「そんなことは、ない・・・と思う」

なんで推定形なのか、そうやってごまかす自分を情けなく思いながら、ジェーンの次の手と言葉を待った。

「上陸しないのか?」
「そりゃ、久しぶりに買い物とかしたいですけど・・・私は・・・」

白い駒が懐に飛び込んできた。

「大尉と一緒にいるほうが、好き、です」

盤の上のように、まるで身動きが取れなかった。むしろ、その台詞を聞いて、このまま時が止まってしまったらいいのにと思った。

「だから、私が勝ったら、コロニーのどこかに連れてってください」

ジェーンは今更照れたように頬を染めて口にした。かろうじてキングに手を伸ばした俺は、このまま彼女のペースに巻き込まれるまいと精一杯の悪あがきをした。

「じゃあ、俺が勝ったら」
「はい」
「コロニーのどこかに付き合ってもらう」


チェックメイト、なるか。

- end -

20080511

リクエスト内容は「いじけるガトー」でしたが、これいじけてるというより単に落ち込んでセンチメンタルになってるだけな気がします・・・。あうあう・・・。
ちなみに私、チェスなんてやったことも触ったこともないので絶対おかしいと思います、すいません。こんなものしか書けませんが、どうぞお納めください。リクエストありがとうございました!