2nd Anniversary.



パンケーキとレモネードをめしあがれ

「・・・では、ヤザン・ゲーブルに、これから3日間の休暇を与える」

ジャマイカンは幾分苦々しそうに俺に告げた。
休暇が欲しいなんて言い出したのは俺の方だ。このところ、エウーゴ相手に芳しい戦果が上げられない。別に軍務だけでなくとも何かうまくいかないときは人間、ムシャクシャするものだ。
コロニーに降りて、美味い酒でも飲んで気晴らしをしようと思った。

だが俺の思惑とは裏腹に、降り立ったコロニーは朝の時間帯。街にはチラホラと人が見えるだけで、ろくすっぽ店すら開いていない。
舌打ちしながら軍服のまま歩き出す。少し肌寒い。このコロニーは気候管理がうまくいっていないのか・・・。
少し歩いたところで、後ろから誰かが尾行てきているのに気がついた。それも、自分のことを隠そうともしない堂々と、いや、むしろ間抜けとしか言いようのない様子で。無論それは“相手”が尾行するつもりでやっているのなら、の話だ。どちらかといえば俺に追いつこうとしているか、まさかとは思うが俺に声をかけようとしているような歩き方のようだった。
足音が十分近づいたところで、俺は睨みを聞かせようと振り向いた。
“相手”は女だった。切りそろえられた髪、黒いセーター、細いジーンズ。どこにでもいそうな女だ。女と言うか、むしろ少女といった方が正しいかもしれない。

「ねえ、一人?」

決定的に違うとしたら、俺から睨まれているにも関わらず逆に挑戦的な視線を投げつけてくるところ。こっちが拍子抜けしそうなほど。それが相手の目的だったのだとしたら、俺はその目論見に面白いほど嵌ったのだろう。咄嗟に何も言えず、ポケットに手を突っ込んだまま立ち止まっていた。その片手を女はやや乱暴に引き、

「私、これから朝ごはん食べるの」
「あぁ?」
「あなたも一人でしょう?そしてこの街をあまり知らない人ね!さあ、いいところを知っているから行きましょう!」

どうやらそいつの中では、俺は一緒にメシを食う人間としてカウントされてしまったらしい。また、面倒なことに巻き込まれたもんだ。
この場で振り切るか、“拉致”されてしまうか。
結局、やや空腹を感じていたのと、振り払えば更に面倒になりそうだったから、俺はそのまま歩いていった。

歩幅の大きな女だった。俺とさして変わらないかもしれない。太いヒールをリズミカルに慣らしながらとめどなく話しかけてくる。
名前、職業、年齢、家族構成、好きな食べ物、好みの音楽、一日の睡眠時間。
一体それを聞いてどうするというのか。とりあえず聞かれるままに適当に受け答えする。真実を語ったのは名前だけで、他は適当にはぐらかした。

「そう!あなたヤザンというのね。私はジェーン、もうすぐ宇宙へ戦いに行くのよ」

連れて行かれたカフェで、パンケーキにママレードジャムを落としながらジェーンと名乗る女は言った。そら。宇宙のことか。戦いにいく、というのは、この女も軍人と言うことだろうか。俺は運ばれてきたクラブハウスサンドに噛み付きながら、その色素の薄い髪を眺めた。

「この日のために私はずっと頑張ってきたのよ?そして悪いやつをやっつけて、“お母様”に喜んでいただくの」
「なんだお前、その歳になっておふくろにべったりなのか?」

別に俺が食べるわけじゃないが、ジェーンはパンケーキにジャムを塗りすぎだと思う。

「私の“お母様”は“学校”で一番偉い人なのよ?みんないつも“お母様”に喜んでいただけるように頑張っているもの」
「・・・みんなってのは、そんなにたくさんいるのか?」
「いいえ?オーガスタには私を含めて10人」

やや支離滅裂な話を聞いて、ようやくジェーンが何者かがつかめてきた。
オーガスタ。オーガスタ研究所。強化人間か。
話すことの整合性のなさ、強すぎる視線、躁としか言いようのない精神状態、強化がまだ未完了なのか。そのまま戦場に放り込むとは、ニタ研(ニュータイプ研究所)もとんでもないことをする。暴走の危険性すら考えていないのか。

「あなた、軍人でしょう?」

先程も見せたこの洞察力も強化ゆえのものか。ジェーンは全く疑わないように言い切った。

「・・・そうだ」
「ティターンズね?」
「お前もだろう」
「ええ。明日グリプスへ向かうわ。ねえ、」

ジャムを塗る手を止めて、浮かべていた微笑を柔らかくしたジェーンは、

「そのオリーブ、食べてもいいかしら?」

俺の返事を聞く前に皿に添えられたオリーブの実にフォークを突き刺した。





一日中寝ていたのか。俺は暗闇の中で目覚めた。
滞在しているホテルは中々のランクだ。俺個人での旅行か何かなら、遠慮するレベルの。ベッドのパネルで照明をつけると、暗闇に慣れていた目が反射的に閉じてしまう。
ああ、喉が渇いた。

半ば無理矢理休暇を取らされた俺はコロニーに下ろされた。このところ、連敗続きなのはよくわかっている。一体なんで俺がこんな目に遭わなければならないのか。
シャワーを軽く浴びて、部屋に備え付けられた冷蔵庫から水を出した。キャップを軽くひねりかけたところで、やめた。
ラウンジがあったはずだ。そこで強い酒でも飲むか。

やや暗い照明は俺にはありがたかった。カップルもちらほら見えるが、仕事か何かで滞在しているのだろう、一人きりの男のほうが多い。彼らと同じようにカウンターに一人で座って、俺は簡単なつまみとブランデーを注文した。

「隣、いいですか」

左後ろから女の声が聞こえた。疲れか、酔いか、我ながら緩慢な動作で振り向くと、そこに立っていたのは黒いキャミソールワンピースの女だった。暗がりでも肌の白さが眩しいくらいにわかる。
彼女は俺の返事を待たずにカウンターのスツールを回転させて腰を下ろした。
俺よりいくつか年下だろう。大人になりきれていないふっくらした頬の赤みが照明に照らされる。彼女はまるで捕食者に怯える小動物のような顔をしていた。

「レモネードを」

バーに来てレモネードか。軽く苦笑したのが向こうに伝わったらしい。しょげるように眉を下げて見せた彼女は、俺の手元にあったチーズをつまんで口に放り込んだ。

「なんなんだ、お前」
ジェーン
「あぁ、いや・・・名前じゃなくてな、俺に何か用でもあるのか?」
「え?あなた、誰?」

おそらくジェーンは混乱しているのだろうが、多分それ以上に俺の方が混乱していた。
突然現れて、隣に座って、まさか口説きにきたわけでもないだろうがあまつさえ、「あなた誰」なんて。俺はグラスをカウンターに置いた。

「ジェリド」
「ジェリド・・・あなたは何故ここにいるの?」
「何?」
「あなたは此処にいたくないのだと思うから」

まるで自分の言っていることは真実だといわんばかりの視線だった。確かに、ジェーンの言うとおり、俺はこの休暇を快く思っていない。いっそ訓練にまわされた方がマシだった。
だが、何故こうも自信たっぷりに言えるのだろうか。俺が無様に口を開けてジェーンを見つめていると、彼女はピスタチオを白い指先で弄びながらぼそりと言葉を零した。

「私は逆よ、ずっとここにいたいの。宇宙で戦いたくなんかない」
「戦う?お前、軍人か?」
「・・・・・・」

ジェーンの指先がびくりと震えて、ピスタチオが一つカウンターの下に落ちた。軍人かという質問に対する答えは、イエスなのだろう。

「怖いもの」
「戦うのが、か?」
「死ぬかもしれないもの。だって私一人で死んでしまうかもしれないもの」
「俺だって、怖いさ。死んじまった同僚もいる」

酔っているのだろう。ライラ、カクリコン、一般兵達の顔が頭の中でぐるぐる回り始めた。ああ、くそ。俺は死なない、死んでたまるか。

「ジェリドも怖いのね?」
「ああ。怖くないヤツなんかいるはず無い」

肩の力が抜けたような笑みを、ジェーンは浮かべた。こうして見ると、まるで軍人には見えない。志願して兵になったのか?とてもそうは思えない。あの、エマ中尉のように気丈に振舞う女が、ティターンズには多い。
つられて微笑みあっていると、カウンターの中のアンティークな時計が11時を指した。それを見たジェーンは弾かれたように、持っていたハンドバッグから小さなビンを次々に取り出した。

「薬を飲まないと」

かろうじて読み取れた緑色のビンのラベルは、精神安定剤だった。他のものは、ニュータイプ研究所の視察で見かけたことがある。

「薬を飲まないと、叱られるの」
「・・・ムラサメ研か?」
「違うわ。私はオーガスタ・・・?ジェリド、どうして知っているの?研究所の名前を」

ジェーンは馬鹿みたいな量の薬をレモネードで嚥下した。

「俺はティターンズだからさ」
「ああ、ジェリド。ティターンズのジェリド、聞いたことがある」
「どうせ悪い噂だろ」
「あら、そうなの?あなたは強い人だわ、わかるもの」

レモネードに浮かんだレモンスライスを口に入れながら、ジェーンは挑戦するように言った。なんだそりゃ。褒められているのだろうが、どこか励まされているような気になってしまう。ここのところの成績不振で心まで疑心暗鬼なのか。

「こうして私の名前を知ってくれたあなたは、きっと、私を守ってくれるわ」
「まあ・・・そのうち戦場で会えれば、その時お互い生きてりゃな」
「意地悪なことを言うのね!」

案外、守ってもらうのは俺の方かもしれないな。
バーテンがシェーカーを振る音を聴きながら、レモンスライスを加えて眉をしかめるジェーンに背中を叩かれた。
薬でかろうじて自我を保っているのだろうか。強化人間と話をするのは初めてだが、若干コミュニケーションに支障がある以外は本当に、普通の(と言っては誤解を招くか)人間と変わらない。
哀れみでも同情でもないが、もし本当に戦場で共闘することになれば、守ってやりたい。

「MS乗りか?」
「ええ」
「何に乗ってる?」
「どうして?」

もしかすると、宇宙でお前を探すかもしれないから。

- end -

20080803