2nd Anniversary.



この世界などどうでもいいくらいの

久しぶりに地球に戻ったというのに、俺の心は晴れなかった。
カクリコンが死んだ。
ライラも死んだ。
ジャブローでは、この俺が死ぬかと思うような目にあった。が、生き残った。
これには、何か意味があるのだろうか。

民間の旅客機で故郷へ向かっている俺は、窓の外を眺めながら考えていた。
意味など無いかもしれない。たまたま、エウーゴが大気圏突入用のMSパーツを開発していて、俺のバリュートがたまたま開いてしまって、たまたまカミーユから遠ざかり、カクリコンは運悪くガンダムMk-2の近くに行ってしまい、撃墜された。
それだけのことかもしれない。
それだけではないのかもしれない。
俺のバリュートが開かなかったら、もしカミーユが俺のバリュートを打ち抜いていたら、もしもあの女性仕官(マウアーとか言ったか)がガルダに乗り込む俺を引き上げなかったら、俺は多分、死んでいた。
戦うことが、俺の使命なのだろうか。軍人である以上はそうだと思っているが、それよりも大きな何かが俺を突き動かし、生き延びさせているような気がしていた。
俺に、どうしろというのか。俺は、何のために生き残ったのだろうか。

民間機はスピードが遅い。まだ目的地までずいぶんかかるだろう。
まどろみの中で、愛しい彼女のことを思い出していた。

ジェーン。



俺が連邦の士官学校へ入学するまで、彼女とはほぼ毎日顔をあわせていた。
家が近く、親同士で仲が良かったのも理由だが、それ以上に俺達は仲がよかった。歳は2歳違う。まるで兄弟のようにいつも一緒だった。

『ジェリド、士官学校に行くの?』

当時14歳のジェーンは、ある日悲しそうに俺に聞いてきた。そのときは、単に別れを惜しんで悲しがっているのかと思っていたが、後になって、アイツの友達が父親を戦争で無くしたのだと聞いたのだと知った。

『そうさ。しばらくは会えないけど、年に少なくとも一度は帰って来る』
『……』
『悲しそうな顔なんか、するな。クリスマスには必ず帰る。そうだ、プレゼントは何がいい?何でも買ってやるから…』
『違うよ』

ジェーンは悲しそうに、けれどはっきりとした口調で俺に告げた。

『ジェリドは戦争をしに行くの?』

正直に言えば、そのときの俺の良心は痛んだ。まだ幼いと思っていたジェーンはしっかりと自分で考えて、自分なりに俺に対して反論をしたいのだろうと思った。

『戦争をしに行くんじゃない。戦争を終わらせるために、俺は軍に入るんだ』
『今は戦争なんか、ないよ!』
『ジェーン、今は平和でもいつか戦争になるかもしれない。そのときのために…』
『嫌だよ…ジェリド、行かないで…』

終に泣き出したジェーンを目の当たりにして、俺は困り果てていた。ジェーンは、俺が戦争に行くという可能性を思って泣いているのだろうか。俺が死ぬかもしれないと思って泣くのだろうか。
言うべき言葉も見つからず、俺はただ彼女の背中を撫でているしか出来なかった。

『ごめんね…私、わがままで』

ジェーンは涙を拭い、無理矢理作った笑顔で俺を見つめた。
そのときに、俺はもう直感的に感じた。
戦争が始まれば、俺は戦争に行くのかもしれない。そうしたら、俺は敵の人間を殺すかもしれない。もしかしたら、殺されるかもしれない。
けれど、俺は戦うのだ。
今俺の手の中にいる、この小さな存在を守るために。
俺を思って涙を流してくれる、ジェーンを守るために、悲しませないように。

『ジェリド?』

俺は、ジェーンを抱きしめていた。マドレーヌのような甘い匂いがした。
これが、俺の帰るところ。これは俺の、守るべき魂の場所なんだ。

『ジェーン、俺は…』

絶対に、お前だけは守る。
そんな言葉は照れくさくて言えやしなかったけど、俺は代わりに触れるだけのキスを、ジェーンの唇に落した。
ファーストキス、だった。



あれから8年。士官教育を終えて、エリートとしてティターンズに入って、俺は確固たる道を歩んできたはずなのに。
周りの状況は変わり始めている。戦局の悪化、エウーゴの増強、小耳に挟んだ程度だが、ジオン残党アクシズの接近。ティターンズは、俺はこれからどうなるのだろう。軍の内部でも雰囲気は変わり始めている。
ただ、俺の信念だけは変わることはなかった。宇宙にいても、どこにいても、ずっと変わることなどなかった。そして、これからもきっと変わらない。
そうだ。俺は生かされているのではない。俺は自分の意志で生き残っているんだ。
そして、アイツは、ジェーンは守るべき存在であるだけではない。ジェーンは俺を奮い立たせる、俺はジェーンを思えば戦える、何度だって戦える。アイツの笑顔を思い浮かべるたびに、どんなに辛くとも死ぬわけにはいかないと思う。
アイツを、悲しませたくないから。
アイツに会えなくなるのは、俺だって悲しいから。


空港からタクシーで、俺は久しぶりに両親の、そしてアイツの元に帰る。
見慣れたドアを開けると、懐かしいマドレーヌの匂いが届いた。

「ただいま」

それすら、今の俺には口にする喜びを感じられる言葉だった。奥の方から誰かが走ってくる。
玄関にたたずんだまま、俺はその人物を待っていた。

アイツが、走ってくる。
小さいときから変わらない笑顔で。また少し女らしくなった体に、エプロンをつけて。
俺は彼女を抱きとめるために、荷物を床に下ろした。

「おかえりなさい!ジェリド!」
「ああ、ただいま。ジェーン」

俺は戦う。世界のためじゃない、それはもっとちっぽけなものかもしれないが、俺の中では唯一にして最大の、俺の守りたいものを守るために戦う。
俺の腕の中の愛おしい存在のために。

- end -

20080816