「暇だよー、何かすることないの?」
「ジェーン、何かお話して!」
談話室で紅茶を飲みながら寛いでいると、トビアとベルナデットが揃って私の元に駆け寄ってきた。
「暇って言われてもねえ…」
確かに彼らのような年ごろの子供は、この船にいても楽しくも無いだろう。というか、私にしてみればこんな小さな子供が戦艦に乗り込んでいること自体不自然極まりない。
トビアはMSの整備でもやっておけばいいのかもしれないが、私自ら戦いの準備を促すようなことはあまり言いたくない。今ぐらいは、歳相応のことをさせて、楽しませてあげたいとも思うけれど…。
「お話っていっても、もうベルにはたくさんお話したでしょう?」
「うん!人魚姫に、白雪姫、それから眠り姫!」
「そんな御伽噺なんて聞かされても俺は楽しくないけどなぁ…」
トビアの愚痴は、私の耳に入らなかった。
お姫様ものの代表格を、まだ話していなかったのか。
「ベル、シンデレラのお話はしていなかったかしら」
ベルナデットはきょとんとした顔をして、それから首をぶんぶんと横に振った。
「聞いてないよ!ジェーン、聞かせて!」
「ええ〜…俺は楽しくないって言ってるのに…」
結局、なんだかんだでトビアも私の話に付き合うように腰を下ろした。
向かい合ったソファーで、私は灰かぶりの話をする。決まりきった始まりの言葉、もう何度口にしただろう。
「むかしむかし…」
継母にいじめられていたシンデレラ。お城の舞踏会への招待状はいじわるな姉達に燃やされてしまうけれど、突然現れた魔法使いのおかげで見違えるような綺麗なドレスを身に纏い、凛々しい王子様とのひと時を楽しむ。恋に落ちてしまった二人を引き裂く12時の鐘、王子の手に残されたのはシンデレラの履いていた片方のガラスの靴。
「…そのガラスの靴はシンデレラの足にぴったり!こうして王子様とシンデレラはお城で幸せに暮らしました」
「めでたし、めでたし!」
終わり口上はベルナデットが持っていった。ありきたりの物語を楽しんでくれるのはとても嬉しい。もはや今となっては古典となってしまった物語も、きっと喜んでいることだろう。
「シンデレラか、久しぶりに聞いたよ」
談話室のドアの向こうにはキンケドゥさんが立っていた。ニコニコと微笑を浮かべ、私たち三人を見つめている。
「あら、いらしたんですか?」
「ついさっきね。ベル、楽しかったかい?」
「ええ!ジェーンの話はいつもわくわくして、面白いもの!」
キラキラと瞳を輝かせるベル。きっと、彼女は煌びやかな物語の世界に入り込んでいるのだろう。
対照的に、トビアは難しい顔をして考え込んでいる。
「でもさぁ…なんで魔法使いがそう都合よく現れるんだ?」
御伽噺だもの、とは言えずに苦笑した私を見て、ベルはむっとしながらトビアに反論した。
「シンデレラがかわいそうだったからでしょ!」
「…まあそうかもしれないけどさ、大体、顔も見てない王子様なんか好きになれるのかよ?」
「王子様はみんなかっこよくて優しいの!」
乙女心がわかってないと言わんばかりのベルナデットが、トビアには奇妙に思えるらしい。
だが確かにトビアの言うことにも一理ある。いくら王子様だからと言って、そんなに簡単に恋に落ちるものだろうか。シンデレラ・マジックとでも名前をつけてしまおうか。
「ジェーンはどう思うの?」
え、と思わず声が洩れた。キンケドゥさんがコーヒーを片手に私に質問している。まさか私に聞いてくるなんて、思ってもみなかった。
ただ、無邪気に物語りに浸っているベルナデットの前で自分の考えを吐露するのはさすがに憚られる。
「うーん…王子様にも色々いると思うけど…」
「けど?」
「舞踏会でお嫁さんを見つけるなんてロマンティックで素敵じゃない」
トビアは腑に落ちない顔をして、ベルナデットはうっとりと頷いている。私は言葉を続けた。
「それにね、シンデレラは王子様が王子様じゃなくて普通の人でも好きになってたと思うし、王子様もきっとそうだと思うわ」
「運命…ってこと?」
キンケドゥさんはソファに腰掛けながら尋ねた。
「運命、というよりも…いえ、運命は必然なのかもしれないと思います」
私がクロスボーン・バンガードに参加したことも、トビアが木星帝国の正体に気づいたのも、ベルナデットがマザー・バンガードに逃げ込んだのも、キンケドゥさんがここにいてくれるのも、すべては偶然でなく、そうなるべきだったことのような気がする。
「なんかよくわかんねー話になっちまったな」
トビアが心底退屈そうに呟いた。ベルナデットも困惑した表情でトビアと顔を見合わせている。
結局その二人は暇をつぶしに格納庫のウモンじいさんのところへ、再び駆けて行った。残された私は、ふとある可能性に気づき、いつのまにか隣に座っていたキンケドゥさんにそれをぶつけてみた。
「ベルにとってはトビィが王子様なのかもしれませんね」
何故だか知らないが、ベルナデットは木星帝国に追われている。なりゆきなのか、トビアの正義感がそうさせたのか当人以外は知りうるところではないが、とにかくベルナデットはトビアに助けられた。
そのことを示唆してキンケドゥさんに尋ねてみると、彼は納得したように頷いた。
「ああ、そうかもしれない」
「ベルはきっと、王子様を信じてます。きっと自分だけを助けてくれる王子様を」
女の子なら、一度は憧れる。見に覚えがあるような、気恥ずかしい気持ちになった。
「ジェーンは?」
「はい?」
「ジェーンはお姫様になりたいと思う?」
キンケドゥさんと、ばっちり目があった。
「ガラスの靴は重くて脆そうだから、お姫様になるのは遠慮します」
「はは、ジェーンらしい」
それに、魔法が使えなくても私はどこへでもいけるし、王子様じゃなくても好きな人は自分で見つけましたから。
- end -
20080816