3rd Anniversary.



見てました話しました触れたかった

人の人生などというものは因果なものであって、というべきかはわからぬが、それでも7年ぶりに見た彼女があの頃の妙に冷めた眼差しこそそのままに、取り澄ました顔でアナハイム・エレクトロニクスの開発部統括なんてポストについていることを知ったときには、少なからず運命というものを恨みがましく思ったりもしたのだった。

「遅い」

それはまだ私が士官学校時代の頃で、ジェーン・バーキンは戦争による人員不足のため、同じ士官学校を卒業した後も戦線に出向くことなく、立場を教官に変えて同じ場所に居続けていた。
フェンシングか何かだったと思う。覚えてはいない。ただ、突き出したサーベルをこともなく交わして私の手から件のサーベルを叩き落し、一言だけ遅いという。さすがに、まだ20にもなっていない頃だったから憤然たる思いだった。加えて、私がそう思っているのに彼女は私の、サーベルを拾う緩慢な動作すら振り返ることなく、次の生徒に向かってくるように声をかけていたのも腹立たしかった。
で、あるから私は、そう歳も離れていない、一見頭脳労働者のしかも女性に負けてしまったことをまるで一生の恥のように思って、その日の夜は屈辱に打ちひしがれながら、何度もシャワールームの壁を殴った。今となってはそのような子供染みた鬱憤晴らしをしていた事実のほうが恥ずかしい。
ガルマに譲ったものの、事実上の主席卒業を果たし、ルウムでの活躍と栄光ある地位を手にいれ、要するに成長して知らぬことを知っていくにつれて、あの女(ひと)とはもっと別の出会い方をしていればよかったのではないかとも思いつつあった。
同時に、ジェーン・バーキンは私に一生はずれることのない精神的拘束を施して、そうして私の脳裏からはその外見的記憶だけを綺麗に抹消した。こんなことを言うときっと、彼女は鼻で笑って「迷惑だ」というのだろうが、私にとってもそれは十分迷惑だった。

「クワトロ大尉、」
私は、カミーユに呼ばれたそのとき、右手に持ったフォークをぼんやりと見つめていた。顔を上げると怪訝な顔が目に入る。大体カミーユは私に対してこういう顔をすることが多い。神経質な少年は、私が食事中に手袋をはずさないことをことさらに気にしていた。
「何だ?」
「さっきから言ってますけど、アナハイムの方が百式の追加装甲について話があるとかで、呼ばれてますよ」
「そうか」
「そうです」
「それだけか?」
カミーユは不服そうな顔だった。一体何に対して怒っているのかはわからないが、どうせ私の煮え切らない態度に、例のごとく怒っているのだろう。尤も最近は、憤慨するエネルギーすらもったいないような素振りではあるが。
黙り込んだままのカミーユを置いて、私はアナハイム・エレクトロニクス本社の食堂を後にした。アーガマの食事よりは味付けが繊細だったことだけが、優れていると偉そうな感想を一瞬だけ抱いて。

「どうぞ」
一体何をしているのか理解できない『開発室』というドアの前に立つと、インターホン脇から氷のような声が届いた。ノックも何もしていないのにと思いながら何気なく頭上を見遣ると、偽装が施されたカメラのレンズを見つけてしまった。彼女はどうやら、私が想像したよりも重要な立場の人間らしい。
「失礼する」
だからどうというわけではないが、私が拍子抜けしてしまった理由は、そこに彼女しかいないからだった。
「どうぞ、おかけになって」
「このままで結構」
そのときになって初めて、彼女は私をちらりと一瞥した。赤茶色の瞳に催促されたようで、私はサングラスをはずさざるを得なかった。
「百式の調子はいかがですか」
“久しぶりね”などと言われなかったのが惜しかったわけでもないが、他人行儀すぎる態度にこれでも少しは傷ついた。
「特に問題は」
「ならばどうして追加装甲の話なんかが出てきたのかしら。あなたの腕前ならば、被弾することすらそうそうないでしょうに」
人の話を遮って心底面倒くさそうに、呟く。今までで一番長いセリフを耳にした気がする。
不機嫌になるわけでもなく、むしろ私はこの上なく嬉しかった。
彼女は知っている。私が“シャア・アズナブル”だったことを知っている、覚えている。
辛辣な態度に、その共有すべき記憶さえ否定されていたように思っていたものだから、まるで数年の時を遡及して少年に舞い戻ったかのように心が浮いた。
長い睫を伏せて、見たこともない新型のインターフェイスを操作する。
私と彼女の間に、実体の無いスクリーンが出現する。直線の集合たる百式なにがしかが出現しても、それが戦場でわが命を預けるべき兵器であったとしても、私の目には長い睫を伏せる彼女のけだるい姿しか映っていなかった。聞こえたのは、彼女の声であって、その音色は言語的意味をすべて消失していた。
不意に彼女の顔が上がる。あの時と同じ冷たい眼が、見ている。

光の束のスクリーンを抜けて、歩み寄っていた。視界には、触れようとした自分の手が映りこんでいた。無意識のうちに手を伸ばして、跳ね除けられたのだろう。ジェーン・バーキンの白い手が無意味に不自然に宙を切っていた。

「遅い」

まただ。またそう言ってはぐらかす。

「遅いのよ」

光明の見えるときは、後悔するときなのだと私は漸く知ることとなった。

- end -

20100621

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