3rd Anniversary.



午前二時のハートビート

げっ。
と、思った。
真夜中のコンビニ。目の前の簡易駐車場に入ってきた車、ポルシェ911カレラ。いい車なんだろうが(車についての知識は、男としての教養だと思っている)、俺はあのカエルみたいな丸目のヘッドライトが大嫌いだ。カレラには申し訳ないが、嫌いな理由というのが車両本体によるものではなく、偶々そいつに乗ってた人物がいけすかなかったという、まぁ言わば八つ当たりみたいなものだ。
いいんだよ。ポルシェなんてお上品な車には乗らない。男は黙ってランボルギーニだ。

俺がポルシェを嫌いになった理由は、ああ、マウアーが言うには「坊主にくけりゃ袈裟まで、ってやつね」だそうだ。
乗ってたやつのことなんだが、それを話す前にある女のことに言及しておかなければならないだろう。
ジェーン・バーキン。
俺の純情を持っていっちまった、5つ年上の幼馴染。現在大学4年生。
「ジェリド、おはよう!」
寝ぼけ眼で隣の家の窓から手を振ってやがる。漫画なんかじゃ涙が出るほど喜ばしいシチュエーションかもしれねーが、今の俺には悩みの種でしかない。大体、他の男に掻っ攫われた女がすぐそこにいるのに平然としてられるかってんだ。
「お前今日も無駄に元気だよな」
「まぁたそういう憎ったらしいことをいうんだから」
「うるせーよ」
「あーあ!昔はあんなにかわいかったのに!見る影もなくでっかくなっちゃってさ!」
ジェーンは背伸びをしながらため息をついた。ほぼ毎朝のやりとりだ。アイツ、学校がほとんどないからいつも暇そうにしてやがる。

いつだったか、まぁどうでもいいんだが、部活から帰る途中に俺は初めてそいつを見た。
大体スポーツカーなんてのは嫌味ったらしい車種だが、911はなんていうか、上品な部類だと思う。だからといって赤い911なんてのは論外だ。顔をしかめて、中にどんなヤツが乗っているのか確かめようとしたら。
そりゃあ、驚いた。助手席にジェーンがちょこんと座ってやがるんだからな。ハンドルを握っているのは男だ。金髪にサングラス。

「あのさぁ」
「何よ」
聞くか聞くまいか一晩悩んだくせにこれだ。
「もったいぶらないで言いなさいよ」
「………なんだよ、昨日の車と…」
あの男。それはとうとう口からは出て行かなかった。ただ、ジェーンはピンときたらしく、
「えっ!?やだ、見てたの?」
目の下を染めやがる。何が楽しくて、他の男のせいで照れるコイツなんか見なきゃいけねえんだよ。
「なんかよ………あわねえんじゃねえの?」
あー。
いっちまった。
かっこわりぃ、俺。
「そんなことないよ」
惚気かよ。
「いや、そうじゃなくて…」
何がそうじゃないんだよ俺。だっせえことこの上なし。
「心配してくれてるんだよね」

もう疑問文でもない言葉は、俺をはねつけるのに十分だった。
ああ、コイツはなんでも知ってて、もう俺をこれ以上かっこわるくさせないためにバカなフリしてんだって、思った。
けどよ、女のお前にそんな気を遣わせちまった時点で俺、相当だせえ男だよな。

「……そうだよ。お前じゃ相手が哀れってもんだぜ」
だから俺も、バカな弟分になってやる。
「あ、言ったわね!?」
そうさ、弟分でいい。どうせアイツが就職して出て行くまでの、あと数ヶ月間の我慢なんだからな。



忘れようとしていたってのに、なんでコイツは俺のバイト先のコンビニにくるのかな。
「1355円になります…」
極力声を抑えて接客している俺の心臓はアホのようにばくばくいっていた。
高そうな香水の匂いと、同じく高そうなスーツ。ネクタイは緩めているから仕事帰りかなんかだろう。買うものは簡単な食い物と、ペットボトルのミネラルウォーター。煙草は吸わないんだろうな。匂いしないし。
(いや、何チェックしてんだよ俺…)
千円札二枚と5円玉を受け取りながら、俺は本当にどうしたらいいのかわからなかった。
「650円のお返しです」
「ありがとう」
ビニール袋を受け取って歩き出す背中に、気づいたら声をかけていた。

「あの」

彼が振り向く。俺よりちょっと背が高くて、俺よりちょっと色素の薄いブロンドで、でも車の趣味はちょっと悪いんじゃないかって思った、俺の大切な姉貴分の大事な人。

「なっ…泣かせんなよ!」

言った。今日は記念すべき、ジェリド・メサ史上最低にかっこわるい日だ。

後から聞いた名前、シャア・アズナブルはちょっと驚いた顔をして、それから微笑みながら顔を戻して去っていった。
ああ、大人だもんな、勝てっこねえ。
返事もせずに立ち去ったのは、俺に言われるまでもなきゃそんな、泣かせるつもりも毛頭ないってことだからな。

ああでも、赤い911はやっぱり嫌いだ。

- end -

20100623

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