3rd Anniversary.



このまま くすんでいくそらを ふたりで

あと少し。

あと、ほんのすこし。


ダメだ。もう動けない。もう何も聞こえない、何も見えない。
ヘルメットの中に響いているのは私の喘ぐような呼吸だけだった。
外の戦闘は、どうなっているのだろうか。
パプテマス様は、どうしているのだろうか。
ティターンズは勝つのだろうか。
私は死んでしまうのだろうか。
私は――


ぼやけていく視界の中で、走馬灯の再生が始まった。
見たことなんてないけれど、きっとこれがそうなんだろうと思う。
小さい頃に好きだったぬいぐるみ、ジュニア・ハイの授業、士官学校の入学式、ティターンズへの配属が決定した日の朝。
あの人に会った宇宙。


瞬間、振動が走った。
まだ戦闘は続いているんだ。
グリップを握りなおして、とにかく一機でも落として、それから考えようと思った。



とても冷たい人だった。私に触れる掌も指先も、いつも冬の朝のような冷たさだった。それでも、とてもやさしい人だった。否、そう思っていた。ティターンズという組織の中にいながらも、宇宙はいつも私に孤独感を味わわせていた。それを、あの人は抱きしめるように包んでくれる。私にだけ、私だけ、そうしてくれた。家族は一年戦争ですでに亡く、恋人も親友も、そう呼べるような存在はなかった。私には何もなかった。だから心に滑り込んできた存在を、唯一で絶対のものだと思ってしまった。だからその為だけに生きようと、働こうと思うことも出来た。そうして、私は全てをかけた。

以前に戦闘で負傷した私は、医務室に運ばれた私は、ぼんやりと天井を見つめていた。煌々と輝く照明の下で、点滴の液体が落ちる音を呆然と聞いていた。麻酔が抜けていなくて、体は動かないし頭は働かない。丁度、今のような心理状態でただ呆然としていた。

「ジェーン」

ドアの向こうで私を呼ぶ声がした。返事をしようとしても、唇さえ動かない。
どうしようもなくて眼球だけを動かしてドアのほうを見ていると、しばらくして声の主が姿を見せた。
薄々予感はしていたが、それはやはりシロッコだった。
パプテマス様、と口に出したかったのだけど、それも叶わなかった。驚いて目を見開いているうちに、彼―パプテマス・シロッコ―は私の横たわるベッドに向かってきた。

「命に別状はないと、軍医から聞いてはいるが…」

彼はベッドの横のスツールに腰を下ろし、私の手を握った。と言っても感覚はないから、そういう気配がしたのだとしか言えないが。

「気分はどうだ」

まさか彼が直々に私の容態を見に来るとは思えなかった。私はどうにもならない体を動かそうとしたけれど、身じろぎするのも一苦労だった。それを全て理解しているかのように彼は微笑んで、

「直によくなるだろう。…君が負傷したと聞いたときには、正直気が気でなかった」

それは方便かもしれないというのに、私の鼓動は大きく跳ねた。

「この機会に、というのは不謹慎かもしれないが、しばらくゆっくり休みたまえ。また、回復したときは私のために働いて欲しい」

ゆっくりと瞬きをして、それに答えた。彼が私の手の甲に唇を落とすのが見えた、気がした。



気のせいだったのだ。そうでないとしたら、その行為は彼にとって何の意味もないものだったと思うしかない。
結局、こうやってどんなに働いても、私は報われない。いつまでたっても彼は高みから私達を眺めているばかりで、こちらに歩み寄ろうとしないのだ。それに気づいたのはジャミトフが殺害されたとき、要するに彼がその生々しい野望を明るみにしたときであって、それに気づいた時にはもう何もかもが遅かったのだ。
サラ・ザビアロフもレコア・ロンドも死んだ。そうやって何人もの女を踏み台にして、あの男は生きるのだろう。

推進剤がほとんど残っていない機体はフットペダルをいくら踏み込んでも加速しない。
ノーマルスーツの気密をチェックして、コックピットハッチを開放した。ハッチのエアーが全て流出した後、私はベルトを外してふわりと身を浮かせた。
機体の胸部に手をついて、未だ激しい光芒が点滅するグリプス、コロニーレーザーの辺りを見つめた。

さようなら、パプテマス・シロッコ。

ホルスターから拳銃を抜いて、グリプス2に狙いを定める。どう考えても狙ったところで何にもならない。
でも、宇宙空間ならば打ち出した弾は失速せずにどこへでも飛んでいく。

『もしかしたら』

何を思ってそうしたのかわからないが、私は6度、引き金を引いていた。

「さようなら」

私は、泣いていた。

- end -

20090805

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