3rd Anniversary.



乱戦下に紛れ込んだ幻影

「誰?アレ」

毎度送られてくる“新兵器”を、これまた毎度同じ格納庫の二階部分に凭れて眺めていた俺は、鬼大尉の横に立つ女に気づいて同僚のオリヴァー・マイに声をかけた。ちなみに俺たち二人は休憩がてらにたまたま一緒にいるだけで、普段はこんな無駄口はたたかない。…マイだけかもしれないが。
口を開いたマイは、その女が鬼大尉もといモニク・キャディラック特務大尉殿の士官学校時代のご学友であり、現在の同僚であり、親友でもある女性なのだと知った。名前はジェーン・バーキンで、階級はキャディラック大尉と同じ特務大尉。彼女もまた総帥府のエリートなのだった。
鬼大尉とは正反対にやわらかい微笑みを浮かべて親交を暖めている彼女を見ていると、俺は本当に戦争をしているのだろうかと思ってしまう。それは多分、俺が普段から戦争なんて早く終わればいいと思っているから、かもしれない。
一向にこちらを見ようともしない顔を、じっと見つめていた。

「某基地に向かう途中に立ち寄られたそうだ」
「何だよ、某って」
「機密事項のため、僕らのような下士官には伝えられないんだろうさ」
「はぁ。ならこんなところに寄らなきゃいいのにな」

マイは表情を変えることなく、普段より少し気の抜けたような顔をして黙り込んだ。

「任務じゃないみたいだな」
「え?」

ドリンクのストローをもてあそんでいると、マイがぼそりと呟いた。

「何?何つったの?」
「いや―…さっき通路で会話が聞こえたんだ。“あそこにはあの人がいるから”」

俺もコイツもジュニア・ハイの生徒なんかじゃない。なんだかすべてが遠くなってしまった気がして、俺はストローを奥歯でかみ締めた。





モニター下部に並ぶスイッチ類を上げ下げする度に泣きたくなる衝動を抑えてどのくらい経っただろうか。元連絡船だったあの母艦よりも明るい照明になじんできた頃でも、ふとあの頃を思い出すことがある。
戦後、コロニー公社にどうにかして潜り込んだ僕は偽名を使いながらただ淡々と日々を生きていた。
散り散りになってしまった仲間がどうしているのかは知らない。知ったところでどうすることもできない。
ただ、あそこにいた連中はいまもどこかでたくましく、元気に過ごしているのだろう。ワシヤ中尉なんかは特にそんな気がする。

ヨーツンヘイムの連中は、心配していない。

僕は結構な頻度でキャディラック大尉の言葉を思い出す。

『ジェーンが』

もう名前も思い出せない、いくつかの基地が壊滅したとの報が入ったとき、血の気のない顔でただ一言。
僕はただ、「ああ、そうなのか」と瞬きをするだけだった。
旧世紀の映画で、男が結婚式の最中の新婦をさらっていく、というのがある。僕みたいに年を取って、それなりに物を見ていると、もうそれは子供の遊びにしか見えない。
そう思ってしまうのは、自分がそんな熱情に浮かされたことがないだけでなく、そうなることを恥じているからだと指摘されたのはいつだっただろうか。

話したこともない人をさらっていけばよかったなんて事は思わない。
ただ、後悔でも悲しみでもない、ザワザワした感覚は、この先少しずつ大きくなっていくのだろうと思う。

眼下に目をやると、地球が浮かんでいた。
手を伸ばせば掴めそうなサイズのそれを、僕はどこかに投げ捨てたくなった。

- end -

20100301

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