3rd Anniversary.



テルミドールの逆襲

「…隊長、いつごろ戻るんでしょうね」

僕、ミケル・ニノリッチは、地球の東南アジア戦線にいる。ここはカレンダーが冬になっても暑さがやわらぐことがない。蒸し暑い熱帯雨林を切り開いた基地の一角、格納庫の隅。僕は日記をつけながら相棒であり先輩でもある、エレドア・マチス伍長に声をかけた。が、返事はない。

「エレドアさーん」
「うるせぇ!俺が知るかよ!つーかちょっと黙ってろ!」

やれやれだ。作戦中にも見せるかどうか微妙なラインの真剣な顔だ。それもこれも、隊長と彼女のせいかも知れないと思うと、僕は額の汗をぬぐいながらため息をつくしかなかった。

1時間前、ミデア輸送機がある人物をつれてきた。ここ数日、もちきりになっていた噂。
『あのジェーンバーキンが慰問に来る』
彼女の名は僕も聞いたことがある。超有名、超人気の女性シンガーだ。歌の才能は天才的でリリースする曲はミリオンヒット、おまけに超がつくほどの美人でグラマラスな女性。
それが、我らが小隊長、シロー・アマダの幼馴染。
どうりで、こんな辺鄙な前線基地にきたわけだと思った。彼女はわがままを言って、現在隊長殿と付近を散歩中、らしい。

「幼馴染って、もっとこう純朴そうなイメージなんですけどね…」
「なんだよミケル、お前うらやましいのか?」

僕の一言につっこむエレドアさんはどうやら集中できていないらしい。そういう彼だって、彼女に自分の曲を売り込んであわよくば歌ってもらおうなんて、そんな邪な考えじゃあ生まれる曲も生まれないとは思うんだけど。
物資のコンテナを机代わりにして格闘する相棒を尻目に、僕はどこまでも高い空を見上げた。11月だなんて思えない。



「……よくもまぁ、こんなところまで来れたもんだ」

シロー・アマダは呆れていた。
幼馴染と最後に会ったのは、開戦前。月の芸能事務所に入ることになったジェーンをコロニーの港で見送ったのが最後だったはず。開戦後すぐに故郷は失われ、お互いに連絡を取り合うこともなかった。

「わざわざ探し出して、ここまで来たってのにそれはないんじゃない?」

水辺にむき出しの足を浸して、ジェーンは振り向く。木漏れ日が丁度顔を照らして、憮然とした表情が見えた。
基地から少し離れた川のほとり。ジェーンのマネージャーと護衛はいない。追い払ったのは彼女だ。『スキャンダルだけは自重しなさい』と厳しく言い聞かせる30代と思しきマネージャーは、渋々彼女のわがままを許していた。昔の自分も、そうやってジェーンのわがままに何度も付き合わされたのを、シローは思い出す。

「連絡をしなかったのは悪かったと思ってるけど、」
「でもこうまでされたら男冥利につきるってもんでしょ?」

屈託なく笑うジェーンに、ちょっとだけ図星を指されたような気がしてシローは組んでいた腕を解いた。
靴を脱いで、彼もズボンをたくし上げて彼女の横に腰を下ろす。冷たさを期待していた川の水に足を浸すと、中途半端なぬるさに顔をしかめる。

「…危険だ。何もこんなことしなくたって」
「大丈夫だよ。前線基地って言ったって、ここで戦闘が起こるわけじゃないでしょ?」
「そうじゃなくて、」
「あ。妬いてる?私がみんなにちやほやされてて」

ぎょっとするほど心臓が高鳴って、シローはえも言われぬ感情のままにジェーンを抱き寄せた。
ジェーンは長い髪をまとめて、クリップのようなもので留めている。白いうなじがまぶしくて、噛み付きたくなる。

「ああ、妬いてるさ。俺のことなんて忘れてるんだろうなって思ってた。君はもう誰か、たとえばどっかの俳優とくっついてるんじゃないかとか、それとも周りはより取り見取りで、どっちにしろ俺のことなんてもう眼中にないと思ってた」
「シロー……」

ミデアのタラップから降りる彼女に向けられる基地の兵士たちの声援、それに微笑み返すジェーン。仕事なのさ、そう考えてもやりきれない。案外、自分のほうがわがままなのかもしれないな、とシローはもどかしい心中を自嘲した。

「嬉しい!」

ジェーンはシローの背中に腕を回して、弾む声を上げた。

「えっ?」
「私だってやきもきしてたもの。あの後、どうしたのかしらとか、もう誰かと結婚なんかしていないかしらとか」
「戦時中だぞ」
「それは私だって一緒よ?このご時勢に浮いた話なんて流したらマスメディアからバッシングよ」

そうなのか、とシローは安堵しながら腕を緩めた。が、ジェーンの方はしがみついて離れない。

「おい」
「やだ」
「暑くないのか?」
「いいの。ずっと八月みたいに」

このままがいい。
ジェーンはシローの肩に額を摺り寄せた。むせ返る熱帯雨林の中で、彼の鼻先だけが甘いにおいを感じている。
『スキャンダラスなことだけは』
なんだか釘を刺されたのは自分のような気がして、シローは彼女の肩口にそっと口付けた。

- end -

20091116

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