在我的夢裡



専門学校の工業科を卒業した私は、ジオン公国軍に入ることになった。
まだまだ見習いもいいところで、出撃前の整備なんかは任せてはもらえない。迅速で丁寧な整備が必要とされる出撃前の整備は古参のベテラン整備兵たちが手がけ、私は専ら待機中のメンテナンスばかりを行っている。
各部関節の異常チェック、コンソールパネルの表示確認、カメラの接続に問題はないか。それから、戦闘で得たデータをシステム部の人に渡しに行ったり、もし不備が見つかれば班長に報告する。
待機中で緊迫感はないとしても、ミスは絶対に許されない仕事だ。戦場に赴くパイロットにとってはこれがまさに命綱なのだから。もしも機体に不備があるまま出撃したら…。パイロットではない私でも考えた途端に背筋が凍りそうになる。
ましてや、ここは宇宙なのだから。
毎日クタクタになるけれど、私も戦っているんだという自覚に充実感を覚えている。

そんな折、あるパイロットが整備兵たちと一悶着を起こしてしまった。
理由は、バーニアを噴かすフットペダルの調整不足。
「整備班は何やってやがんだ!おい!この06を調整してた奴はどいつだ!」
士官学校を卒業してまもない若いパイロットは、哨戒任務から戻るなり、コックピットを飛び出してきた。
ただならぬ雰囲気を察した整備班長が私のすぐ横の壁を蹴って、彼の元へふわりと飛び立った。
「何か問題でも?少尉」
「“何か”だと?フットペダルがイカレちまってんだよ!何やってんだてめぇらは!」
フットペダルは個々人の好みで調整可能だし、それは実際に乗っている人間がやるのが一番いいんじゃないかと私は思う。というかほとんどのベテランパイロットはそうしている。
それに、宇宙ではモビルスーツの四肢を動かした反動をいかすAMBACで推進剤消費を抑えるのが普通なのだから、なんだか的外れな文句に聞こえていた。
それでも、今にも整備班長に殴りかかりそうなそのザクのパイロットを見ているのは心臓に悪い。皆そう思っていたのだろう。少し離れた所で、先輩整備兵がブリッジとブリーフィングルームに連絡を取っていた。
「あーあ、あの少尉さん、次からまともに整備されなくなるかもね」
私と同じ時にこの戦艦ドロワに配属された同僚がぼそっと呟いた。
「どういうこと?」
「整備兵ってのは、優越関係はともかく、ある意味パイロットの生死を握ってるようなものだろ?」
「…だからって、そんな」
まさかそんなことにはなるまいと思いつつも、もし自分があんなふうに文句を言われれば反論の一つもしたくなるだろうことは否めない。
「まぁ、班長ならそんなことしないと思うけどさ…」
「うん…」
色々な意味でハラハラしていた私と彼の頭上、艦内通路から影が飛び出してきた。
「少尉!」
大声を上げたその人は、銀色の髪をなびかせて低重力の中をまっすぐ、もめている二人の方へ向かった。
と、彼はザクの機体に手をかけた瞬間、思いっきりその少尉の顔を殴った。もちろん、衝撃で吹き飛ばないように胸倉を掴んだまま。
これにはさすがに私も身を竦めて驚いたし、隣に立っていた同僚は頬杖を外して身を乗り出していた。
「た、隊長…?」
「少尉、貴様は自分の技量不足を整備兵に擦り付けるのか!?」
「し、しかし…フットペダルのちょうせ」
「そのようなこともまともに出来ん奴がこの先の戦闘で生き残れるとは思えん」
「隊長!ガトー大尉!」
「問題があったのなら整備兵と相談して解決しろ。ジオンには瑣末なことにこだわる者はいらん!」
どうやらブリーフィングルームから、ことの仔細を聞いて駆けつけたらしい。
ガトー大尉、は、それだけ言うと身を翻して通路に、要するに私たちのいる方向に向かってきた。
まじまじと彼を見ていた私は、アメジストのような瞳と視線がぶつかっても、それを認識するまで十数秒を要した。

それとなくガトー大尉を見ていると、立派な人なのだとわかる。
宇宙攻撃軍302哨戒中隊の中隊長。撃墜スコアはトップエースに並ぶほどの凄腕で、もう直に新型機がこのドロワに運ばれてくるらしい。
そうしたら、ようやく触れるようになったガトー大尉のリック・ドムにもお別れか。
コンソールパネルのシステムチェックをしながら、同僚達の噂話に耳を傾けた私は、がっかりしていた。
新型機の整備なんて、一番下っ端の私がやれるはずもない。統合整備計画でおおよそのシステムや機構は同じだとしても、基本的に班長だとか、その辺の人間がやるんだろうな。
私は新型機に触りたいんだろうか、ガトー大尉の機体に触りたいんだろうか。
「うー…ん」
「何か問題でもあったか?」
「え?あ!大尉!」
コックピットに上半身だけもぐりこんでいた私の背中に、ガトー大尉の声がかかった。
出撃前ではないけれど、ノーマルスーツでハッチの蓋部分に手をかけてこちらを伺っている。
「いえ、問題はありません。今すぐにでも出撃可能です」
「そうか…出撃はしないがな」
冗談が通じないのか、真顔で私の言葉を受け流す大尉は、私が体を出すとコックピットに滑り込んだ。
長身の大尉が少し窮屈そうにシートに座るのを見ながら、新型機は大きめだといいなぁと思っていた。
が、ジオンのモビルスーツのコックピット回りはどれも同じ仕様だ。どうしようもない。
「何か、間違ってたりしますか?」
パネルを確認する大尉を覗き込むと、
「いや…うん、問題はない」
満足しているのかなんなのかよくわからない、いつもの無表情だった。
「それでは、自分は戻ります」
「うむ」

片足でドムのボディを軽く蹴って、ワイヤーガンを取り出そうとしたが、腰につけていたはずのそれはどこにもない。

「あ、アレ?」

低重力の中をバタバタしていると、そもそも軽くしか勢いをつけていなかった私の体は中空で止まってしまった。周りに手すりも掴まれそうなものも、ましてや人もいない。
ワイヤーガンはおそらくさっきまで調整をしていたドムの中に置き忘れてきてしまったのだろう。アレがないと私はこのまま浮かびっぱなしになってしまう。重力のありがたみがわかる瞬間かもしれないが、もはやそんなことを考えている余裕もない。
「何をしているんだ」
溜め息混じりに降ってきた声を認識する前に、私の腰が誰かに掴まれた。
「大尉!?」
真実呆れているような顔で、ガトー大尉は私の腰に手をまわした。まるで小さな子供を抱えるように。
きっとどこかに連れて行ってくれるのだろうけど、この体勢はあまりにも恥ずかしい。誰にも見られないことを、祈ってしまいたくなる。
「ワイヤーガンがコックピットに落ちていた」
「す、すみません…」
大尉は私のワイヤーガンを片手に持っていた。適当な壁に向かってそれのトリガーを引くと、ワイヤーの先の磁石が壁に吸い寄せられるように飛んでいく。目的物に先端が着いた後、リールを巻き上げて人間が引っ張られるのがその仕組みだ。
低重力の艦内、とくにリフトグリップもないような格納庫では必要不可欠なものだ。
キリキリと巻き上げられるワイヤーの音を聞きながら、私は赤くなった顔を必死に隠していた。
端正な横顔を見上げながら、大尉はやはり、人望があって頼りがいがあって、素敵な人だと思っていた。それは男性としての魅力というよりも、部隊を纏め上げる人材として、多くの兵達の期待と信頼を一身に受けても決してぶれない何かを持っているように見えた。それは、私にとってとても眩しいものだった。
だから、今私が顔を赤くしているのは憧れの、はずなんだ。この人のことが好きだなんて、そんな大それたことは考えたくもないけれど、それでもこの人が時々は、私のために傷ついたり困ったりしたらいいのにと、そんな我がままも抱いている。
肩も掠めずにすれ違うだけのくせに。

- end -