羊でおやすみジェリド



「悪ィ悪ィ、待たせたな」
「ちっがう!!ジェリドのばかっ!やり直し!」

シャワーを浴びて寝室に入ると、待ちかねていたジェーンが読んでいた雑誌を投げつけんばかりの威勢を見せた。
違う?何が違うんだ?
完全に乾いていない髪をタオルでゴシゴシ拭きながら怪訝な顔をしてみせると、「やーっぱり忘れてるし」と、さらにふてくされた声まで返ってきた。

「あ?何怒ってんだよ?」
「怒ってない!」

そーいうのを怒ってるっていうんだよ、などと言おうものなら今度こそ本気で雑誌を投げつけられかねない。
一体何がそんなにジェーンを怒らせているのか、俺は必死で思い出そうとする。違うって、言われたな。えーと、晩飯食いながらなんか言われてたような…。

『もうさ、付き合って1年経つじゃない??』
『おう』
『でさ、やっぱマンネリって言うの?そういうのなくない?』
『(なくない?って、ないのかあるのかどっちなんだ)あー…うん、そうだな』
『だ・か・ら!たまにはさぁ、すっっっごくあっまーい台詞とか言われてみたいわけよ』

………あー、そうだった。そんなこと言われてたんだった。
何をどうしたらそんなむちゃくちゃな台詞が藪から某にでてくるのか聞き質したい。が、聞き質すにも当の本人は毛布を頭から被って拗ねている。ぱっと目に入った雑誌は旅行雑誌だった。そういや、お互い休みも合わなくて一度も遠出をしたことが無い。こいつはこいつなりに、俺との関係を真剣に考えてるんだよなぁ。なんて考えると照れくさいような嬉しいような気になる。「日帰り〜一泊オススメルート」のページが開かれた雑誌を床に落として、俺はベッドに腰を下ろした。

「ジェーン、」

甘い言葉ねぇ。言ったこともない。何を言えばいいのか解らないが、とりあえず何か言わなければコイツの機嫌は直りそうにない。

「えーと…、待たせたね、セニョリータ」

言ったこっちまで砂を吐きそうな台詞だ。重くなる頭とに引きつった口の端が自分でもわかる。慣れないことをするもんじゃない。見てろ、今にコイツは笑い出す。

と、思っていたのに

「ジェリド…意外にハマってる…」

何がどうツボにはいったのかわからんが、毛布を撥ね退けたジェーンは顔を赤らめてこっちを見上げてきた。
その調子でもっと!とせがむジェーンの笑顔は嬉しいが、嬉しいんだが、俺としては身が持たない。

「いや…もう何もおもいつかな「あーもう!また戻ってる!」」
「……すまないが、ジェーンが美しすぎて俺にはこれ以上の言葉が思いつかないよ」

キャーキャー言いながらベッドの上をのた打ち回るジェーンは、おそらく、嬉しいんだろうが俺はもう、穴を掘ってでも埋まりたい。
そんな風に可愛く腕に抱きつかれても、この後どうすればいいのかすらわからない。

「もっと!もっと!」
「………」
「ジェリドさーん?」
「…………今日はもう遅いから、寝ようか?」

はーーーっと大きく溜め息をつきながら諭すように言うと、ジェーンがあからさまに憮然とした顔をする。絡めていた腕を解いて仰向けになると、「羊」と呟く声が聞こえた、

「羊?」
「眠くないもん。羊でも数えてくれたら眠くなるんじゃないかなぁ?」

なんで自分のことなのに伝聞推定なんだよ。

「わーったよ」
「………戻ってる」
「……わかった。ジェーンが安心して眠れるように、俺が愛をこめて羊を数えるよ」
「よし!」

勘弁して欲しい。


「羊が……あーっと、49匹?」
「聞くな!」
「…羊が、50匹」
「こう、もっと…囁くように」
「……羊が…51匹」
「うーん、できればもう少しゆっくりがいいかな」

一匹目からずっとこの調子だ。眠らせるために数え始めたはずなのに、一匹ごとに駄目出しと口出しを繰り返されてはたまったものではない。いっそこの口、塞いでやろうか。ぽってりとした唇を見ていると、頭が段々そういう方向に向かっていく。

「ジェーン、」
「んん?なに?」
「羊はもうやめだ」
「…は?」

うん。やっぱりこっちのほうが俺らしい。有無を言わせずジェーンにのしかかると、さすがにぎょっとした顔が眼下に現れる。

「え、ちょ、ジェリド?」
「一つだけ選ばせてやる」
「な、なによ…?」

何度も瞬きを繰り返すジェーンの顔にぐっと顔を近づけ、唇が触れるか触れないかの位置で吐息混じりに囁いた。

「その口を、何で塞いで欲しいかだけ、選ばせてやる」