Amuro Ray

本が好き、というより図書館が好きだな。

私は図書館にいることが多いけど、いつも本を読んでいるかっていうとそうじゃない。確かに半分は本を読んで過ごしているけど、後半分は図書委員の仕事。2年生に進級してから、率先して図書委員になった。図書委員にならなくても図書館にはいられるけど。
最初の一ヶ月は色々やることもあったけど、今はこうして貸し出しカウンターの椅子に座って課題をやるぐらいが私の仕事です。
司書のシロッコ先生は奥に籠りっきりだから何してもいいんだけど、今は課題を終わらせなきゃね。けど、私数学が苦手で案の定30分格闘しても全然わからなかった。

「あーん・・・難しすぎるよう・・・」
「あの、」
「ガトー先生に当てられちゃったしなあ・・・」
「・・・」
「あー!もう、無理!!明日カミーユに写させてもらお!」
「・・・(ぷっ)・・・すみません、」

私は目の前の複素数平面に気を取られて、カウンターに人が来ていることに全く気づいていなかった。ていうか独り言聞かれた!?

「は、はい!か、貸し出しですか!?」
「うん、これ全部お願い」

慌てて立ち上がると、両手に本を抱えたその男の人は笑いをこらえているみたいだった。恥ずかしい・・・。うつむいて本を受け取り、バーコードみたいなのを読み取っていく。その人が差し出した、貸し出しのために必要な学生証を見てみると大学院生だった。
そういえば、ここは高校の図書館なのに、この人は私服だ。名前は、アムロ・レイ。工学府、機械航空科。

「えっと、期限は一週間なので、それまでにお願いしますね」
「ありがとう」

私にとっては結構重い本ばっかりだけど、この人、アムロさんにとってはそうでもないのかな。難しいハードカバーの本や外国語の雑誌を抱えて立ち去るものだと思っていたのに、アムロさんは私の手元をひょいと覗き込んできた。

「な、なんですか?」
「それ、友達に写させてもらうの?」

ムッとした私に気づいて、アムロさんはちょっと困ったように笑った。

「あ、いや、いけないって言ってるわけじゃなくて。俺でよかったら、教えようか?」

驚いた。私は立ち尽くしたまま目をぱちぱちさせながら、頭一つ分背の高いアムロさんを見つめた。
工学府・・・理系だよね、じゃあ数学も得意なはず。それに、教えてもらったほうが自分のためにもなるよなあ・・・。わかんないまま写させてもらっても試験で赤点取ったら補習だし・・・。

「ほんとに、いいんですか?」
「うん、この後別に予定は無いし・・・」


しばらくカウンターの中で教えてもらっていたけれど、途中で同じ図書委員のサラが来てくれたから代わってもらった。窓際の席に向かい合うように座って、アムロさんに解きかたのポイントを教えてもらった。
アムロさんの説明はすっごくわかりやすくて、正直最初は全然答えの見当も付かない私なんかに教えられるのかな、とか思ってたけど。

「・・・そう。そこまで進んだらこの公式を使って」
「あ、そうか・・・」

白いシャープペンシルでノートと教科書を交互に指し示すアムロさん。彼の声を聞きながら問題を解いていく。いつもより字を綺麗に書こうとしてるの、ばれてないよね。

「わ、すごい!私でも解けた!」
「よかったね。それじゃ、俺はもう行くから」
「ありがとうございました」

アムロさんは沢山の本を抱えて図書館を出て行った。これから勉強するのかな?予定は無いって言ってたけど、邪魔してないかなあ。

ふとカウンターを見ると、恋愛小説ばっかり読んでるサラが意地の悪い微笑を向けてきた。

そんなんじゃないのに!



それから、週末の休みを挟んで5日後、例の如くカウンターの中で複素数平面相手に格闘してる私の前に、アムロさんは現れた。先週借りた本を持ってるから返却しに来たんだろう。

「こんにちは」
「これ、お願い」

返却される本のバーコードを一冊ずつ読み取っていると、またアムロさんは私のノートを覗き込んできた。

「ひょっとしてまたわからない問題、あった?」
「あー・・・私数学が苦手なんです」

少し考え込むような顔をして、アムロさんは私にこう言った。

「教えてもいいよ」
「本当ですか?」

返却用の棚に本を並べていた私はその一言に飛びついた。

「そのかわり、ここに書いてる本を探して欲しいんだけど」

差し出されたのは一枚のメモ。3冊分の本のタイトルが並んでいる。ここの図書館はすべてコンピューター管理で、検索は私でも簡単に出来る。なんか、そんな簡単なことをしただけで勉強教えてもらうのは悪い気がしないでもない。
どこの棚においてあるか、貸し出し中か否かはわかるけど、取りに行くのは誰かがやらなきゃいけない。そして私はカウンターから出られない。そう伝えると、アムロさんは自分が取りに行くから、と言ってくれた。
コンピューターで検索結果を印字したものをアムロさんに渡すと、ありがとう、と言って棚の方へ歩いていった。
私はその背中をぼんやり見つめていた。体格とか、同年代の男の子と変わらないけど、なんかやっぱり雰囲気が大人って感じがする。

「ジェーン、今の人誰?」

アムロさんが棚の間に入って隠れてしまうと、いつものように恋愛小説を借りに来ているサラが興味津々な顔で私に尋ねた。だからそんなんじゃないのに!

「え?なんか、大学院生みたい・・・」
「へえ・・・なに?好きなの?」

サラは図書館中の恋愛小説を全部読んじゃうんじゃないかってぐらい、そういう本しか読まない。だからすぐそんな考えに走っちゃう、困ったもんです。

「ちーがーうーよ!」
「なーんだ。好きなんだったら、当番代わってあげたのに」

あ・・・ちょっと残念。



「そういえば、どうしてアムロさんは高校の図書館に来てるんですか?」

数学の問題を一つ解いたところで、私は自分の疑問をぶつけてみた。大学はもちろん、大学院にも大きな図書館があるのに。

「院の図書館だと、目当ての本は同級生にいつも先を越されてるからね。市の図書館だと競争率はもっと高いし、灯台下暗しってやつかな。こんなとき、学園内がフリーパスでよかったと思うよ」

なるほど。確かにアムロさんが借りていく本は一冊一冊がとても高いし、科学雑誌もだいぶ昔のものが多かった。専門書って高価だもんね。
そんなことを言いながら課題を全部終わらせた。

「いつもありがとうございます。あの、勉強の邪魔になったりしてませんか?」

先週も同じことを思っていたから、思い切って聞いてみた。

「そんなことないよ。気にしないで」

アムロさん、優しいからきっとそういう風に言うだろうなってのはなんとなく予想ついてたことだけど・・・それでもなんか後ろめたいというか、気が重いというか・・・。きっとサラだったらこういうことも『チャンス!』とかなんとか言ってうまくやっちゃうんだろうなあ。

「ジェーンちゃんが気になるようだったら、」

変な顔してたのかな、アムロさんが思いついたように提案してきた。

「俺が前日ぐらいに借りたい本を伝えるから、それを揃えていてもらえないかな。そのお礼に勉強を教える、どうだい?」
「そのくらいでいいんですか?」

図書委員ってことを差し引いても図書館好きの私にとってはそんなこと朝飯前で。あ、でも工学府のアムロさんにとっては高校生の数学なんて簡単すぎるのかな。お互いにとって同じくらいのことなのかもしれない。

「それでいいんなら、是非!」
「決まりだね。じゃあ・・・・・・」

アムロさんはノートの隅っこに自分の連絡先を書いていってくれた。男の人なのに綺麗な字。

「ここに連絡してくれたら、俺もジェーンちゃんに折り返しメールでも入れるから」
「わかりました・・・ん?名前、どうして・・・」

自分から名乗った覚えは、ない。今思うと自分だけ学生証を盗み見て、失礼だったかも・・・。

「ノートに名前、書いてただろ」
「あ、そうか。じゃあ連絡しますね、アムロさん」
「うん・・・?」

アムロさんも同じこと思ってるのかな、どうして私がアムロさんの名前、知ってるのか。

「学生証、貸し出しの時に見たんです」
「あ・・・そうか。同じようなことしてたんだな、俺たち」

そう言って笑ってくれた。つられて私も笑顔になっちゃう。
そのままアムロさんは図書館を後にして、私は閉館までカウンターの中でぼんやりしてた。

これまでよりずっと、図書館のこと、好きになりそうです。

- end -

20080418