Bernard Wiseman

ツイてない。


今日の私、占い何位だったっけ。なんてことを考えながら自転車を押していた。
バイトに向かう途中で、前輪と後輪が同時にパンクするなんて相当ツイてない。天気が良くて、早めに家を出たのが不幸中の幸い。
ともかく、どこかに自転車を止めて、バスか何かでバイト先に向かわないと。キョロキョロと、自転車を止められそうな場所を探していた私は結構挙動不審だったのだろう。向かいの歩道で、金髪のお兄さんが興味深そうに私を見ていた。

「(うわ、恥ずかしい…ていうか見ないで欲しいなあ)」

居たたまれなくなって、自転車を押すスピードを上げた。
近くにスーパーがあったはず。そこなら駐輪場のスペースも広いから、文句は言われないだろう…多分。
車道を走る車を運転する人の視線すら気になる。自意識過剰って解ってるけど。

車の流れが止まり、誰かが横断歩道を渡ってこちらに駆けてきた。

「ね、君!」

さっきのお兄さんだった。

「はい…?」
「それ、パンクしたの?」

息を切らせたお兄さんは、走って来たに違いない。それにしても、見ず知らずの私に何を言い出すんだろう。わけもわからずに、そうだと答える。

「修理、できるけど」
「え?」
「近くにあるから」

「貸して」と、半ば無理矢理、その人は私の自転車を押し始めた。近くにあるって、なにがあるんだろう。
新手のナンパかなにかだろうか。…でもそんなことしそうな人には見えない。

「俺はバーナード・ワイズマン、バーニィって呼んで」

へにゃりと笑ったその人は、悪い人ではなさそうだけど。



バーニィ、さんに連れられてたどり着いたのは、

「バイク屋!?」
「んー…まぁ、自転車も直せるから!」

彼はへにゃりと笑いながら、工場みたいなバイク屋の中に入っていった。私も恐る恐る彼に続く。
オイルだろうか。ガソリンのような匂いが充満している。入り口の近くには、中古と書かれたバイクが何台も並んでいる。白いの、赤いの、黒いの。大きいの、私にも乗れそうな小さいの、すごく早そうな形の。いろいろあって、バイクに興味がない私でも見入ってしまう。

「店長!!」

バーニィが声を張り上げると、奥の方でスパナを持ったヒゲのおじさんが立ち上がった。帽子に隠れて目元が見えない。

「?なんだ、お前…今日は休みだろ」
「まぁ、そうなんですけど…ちょっと機材借りますから!」
「“また”ボランティア修理か?」

バーニィは私の肩に手を置いて、自転車を止めている店の外に連れ出した。

「ボランティア修理って?」
「近所に悪ガキがいてさ、無茶やっては転んで自転車をボロボロにするんだよ」
「優しいんですね」

ちょっとだけ間をおいて、バーニィは頭を掻きながら「ありがと」、と言った。照れてるのかな。
店の外の私の自転車は、改めて見てみると本当に無残な姿だ。ぺったんこのタイヤを見てると、ため息が出てしまう。

「ちょっと時間かかるけど、いい?」

私にだって、両輪がパンクした自転車を直すのは大変だってことはわかる。何も短時間で終わらせろなんてことはいえない。
ただ、

「あの、私、今からバイトが…」
「えっ?…あー、ここから近く?自転車でいける距離だよね?よかったら送るけど」

バーニィは早口でまくし立てながら、倉庫みたいなお店の中に入っていった。「店長、コレ借りますよ」と叫んだ声のあとには何も聞こえない。了解を得る、というよりは宣言してくるようなものだろうか。自分の自転車のハンドルを触りながら、私はバーニィを待っていた。

「はい、お待たせ」

バーニィが引いてきたのはなんとも古めかしいママチャリだった。

「なんだよその、残念そうな顔」
「バイクかと思って期待してた」
「そりゃ悪かったな。バイクはまだ持ってないからな」
「いつか買うの?」
「金が貯まったらね。あと少しだから、店長に店のバイクを取り置きしてもらってる」
「どれ?」
「あの、緑色のやつ」

バーニィが指差した先には、私でも聞いたことのあるメーカーの白いロゴと鮮やかな黄緑色が目立つ、けして大きくも小さくも無いバイクがあった。乗り心地とかそういうのは解らないし、バイクがかっこいいとも可愛いとも思えない私はリアクションに困って首を傾げた。

「へぇ…」
「おい、そんなことより急がなくていいのか?」
「へ?これに乗ってくの?」
「そう。ほら、早く!」

促されるままに、私は赤いママチャリの荷台に跨った。ジーンズ越しの鉄の荷台が痛い。もう一度、あのバイクを見てみると、後ろに乗る人用のシートがちゃんとあって、羨ましくなった。それだけじゃなくて、そよ風みたいな今感じている空気の流れも、あれに乗ってみたらずいぶん違うものになりそうだ。

「なぁ、バイト先どっち?」
「次の角、右」

バーニィがペダルを踏み込むたびに、自転車が左右に少しずつ揺れる。暖かい春の風に交じって、嗅いだことのない匂いを感じていた。

「ねぇ!」
「え?」
「私、ジェーン!」
「は?」
「名前よ!ジェーンって言うの、よろしくね!」

曲がり角で少し傾いて、体をまたまっすぐにして、私はバーニィの背中に叫んだ。
彼が笑いながら、よろしくと言っている。ブルゾンの擦れる音、ペダルの音、自転車が悲鳴のように上げるキィキィした音。
いい天気だなとどちらともなく口にして、それからまた笑った。今からピクニックにでも行きたいね、そうだな。子供みたいな会話がこんなにも楽しい。

「そのときはさ、」
「んー?」
「あのバイクに乗せてよ!」

バーニィはちらっとこっちを見て、それは本当に一瞬だけだったけど、風に前髪を攫われる姿に本気でドキッとしてしまった。

「ヘルメットもってこいよ!」
「持ってないよ!」

ある日の昼下がり。

- end -

20090212