雨の月曜日って最悪。そう歌ってたのは誰だったっけ。
携帯オーディオプレイヤーでお気に入りの曲を聴きながらのんびり歩いていたのがまずかった。改札の真上にある電光掲示板は、急がないと電車が行っちゃいますよと、私を急かす。イヤホンを耳から引き抜けば、ドアが閉まる、空気が抜けるような音。間に合わないと解ってても階段を駆け下りて、
「……あーあ…」
電車は無情にも行ってしまった。毎朝ギリギリに登校してる私だから、この次の電車に乗っても間に合わない。というか、ただでさえ0限の補講サボってるのに。
遅刻確定、諦めて傘のボタンを留めなおしていると、今し方私が駆け下りてきた階段をゆっくり降りてくる男の子と目があった。
あ、ウチの制服。ネクタイは赤だから、私と同じ二年生のはず。眩しい金髪。エルより鮮やかで、クワトロ先生より色素が薄い。
こんなに目立つ人なら校内で見かけた記憶ぐらいあるはずなのに、見たことが無い。
ていうか、この人も補講さぼってるのかしら。その上遅刻してもいいとか思ってるのかしら。
あんまりまじまじと見ていると、彼は私ににっこりと笑いかけた。ツリ目が細くなって、まるで猫みたい。
「僕の顔に何かついてる?」
「えっ?」
まずった、と思って私が目を逸らした先には、新品と見間違うほど綺麗なローファーがあった。私の、ところどころ剥げてたりするのに。
「あーその、綺麗な髪、いやほんと、綺麗だなって、思って」
変な文章に変な手振りで弁明する私は自分でものすごく恥ずかしかった。ちらりと顔を上げてみると、彼は私の左胸のあたりと、自分の左胸を見比べて、
「同じマーク…ひょっとして、同じ学校!?」
「は?」
「ミノフスキー学園!?」
「そ、そうだけど…」
マーク、って、校章のことだろうか。そんなもので確かめなくても制服を見ればわかるはず…あ、
「ひょっとしてあなた、転校生とか?」
「そう!」
猫みたいだった目を見開いて、彼は満面の笑みを浮かべていた。
そうか、転校生。だったら私が見たことないのも頷ける。
「よかったぁ、僕ね、今日が初めての登校で道がよくわからなくて。この駅から電車に乗れって言われてたんだけど、君についていけば大丈夫かな?」
「あー……それが非常に残念なんだけど…」
ギリギリ授業に間に合う電車がさっき出て行ったことを伝えると、彼はみるみるうちに青ざめ…るわけでもなく、
「あ、そうなの?」
ちっとも構わないように言うものだから、私は気が抜けて肩をがっくり落としてしまった。
「間に合わなかったならしょうがないね」
「潔いのね」
皮肉をこめて言ったつもりなのに、まるで気にしないどころかこっちの台詞にも気づかない風になにか考え込んでいる。調子狂うわ。
「あのさ、朝ごはん食べてないんだよね。僕」
「はぁ」
「何か食べれるところ知らない?」
「はぁ!?今から!?」
「?そうだけど?」
本当に調子が狂う。
結局私は彼に連れられて、電車に乗ることもなく改札を再びくぐった。断じて、そう、断じて「奢るよ」の言葉につられたわけではない。転校生の存在が遅刻のダシにはなりそうとか思ったことは認めるけど。
少し歩いて、駅ビルの適当な店を選んで彼に示してみれば、なんだか嬉しそうな顔をしている。
「ここ?知ってる!引っ越す前に住んでた街にもあったんだよ。うれしいなぁ、ここにもあるなんて」
「チェーン店だもの。別に珍しくなんか…」
短時間しか話してないけど、彼がマイペースなのは、よーくわかった。ホームから連れ出したみたいに私の手を握って自動ドアの前に立った。どうでもいいけど、この人結構美形の部類に入るから、こうやって手を握られるとちょっとどころじゃなく照れるんですが。
「僕は海老とアボガドのサンド、タマネギとピクルスとパプリカは抜きで。ドレッシングはソイソース」
「(ソイソース…)」
「あとポテトとドリンクのセット。ドリンクはカフェオレ、ホットで」
「…朝からよく食べるわね」
「そ?フツーじゃない?で、君はどうするの?」
目の前でもりもりと作られていくサンドイッチを見てると胸焼けしそうだった。
「ジンジャエール」
「ところでさ、お互い名前しらないよね。僕はゲーツ・キャパ。君は?」
サンドイッチをほおばる前に、彼、ゲーツは思い出したように聞いた。バゲットからはみ出しそうな海老の尻尾にげんなりしながらジンジャエールをストローで一口飲んでる私の答えを待たずに、ゲーツはポテトを口に放り込んでいた。
「ジェーン」
「ふーん。ジェーンも2年生?」
「そーよ。ってかリボンの色見れば解るでしょ?」
「なんで?」
がくっ。本日何度目だろうか。とりあえずゲーツにリボンとネクタイの色が学年を示していると言うと、勉強になりましたといわんばかりに頷いてみせる。
「制服ってはじめて着るからなぁ。知らなかった。こっちだとどこの学校もそうなの?」
「そういうわけじゃないと思うけど…思うけど、ねぇ、制服着たことないってどういうこと?どっからきたの?」
「ん?アメリカ」
アメリカ?
「えぇぇー!?ってことはアンタ、帰国子女ってヤツ!?(あ、だから“ソイソース”…)」
「ジェーン、みんな見てるよ」
恥ずかしがるわけでもなく、ケラケラ笑いながらゲーツは片手で私を制した。言われて周りを見渡せば、みな何事かとこっちを見ている。あー、あの制服、ムラサメ高校にダイナミック学園じゃん。名門でもサボってる人いるわけね…どうでもいいけど。
「コホン!え、じゃあゲーツってハーフかなんか?」
「んー。クォーターっていうのかな、こっちでは。グランパが日本人」
「へぇーーー…」
「そんなに珍しいもの?」
「あ、ゴメン」
「それよりさ、ミノフスキー学園ってどんなとこ?」
アボガドのペーストがついた指先を舐めながら、ゲーツが(本日)初めて興味津々の顔で聞いてきた。学校行きたいんならこんなところで油売るのやめりゃいいのに。
「別に、なんのへんてつもないただの普通校。ムラサメみたいに厳しくないし、ダイナミックみたいに部活が飛びぬけて強いわけでもない。あ、でもテニスは強かったかな…」
それからゲーツが私のクラスとか授業のことを聞いて、私はゲーツが一歳年上だってことを知った。アメリカじゃ9月始まりだからずれるのはしょうがないんだろう。
会話はあんまり身の入らない内容で、私はストローでグラスをかき混ぜるけれど、たっぷり入った氷に阻まれてガラガラとした嫌な音しかでなかった。
「ジェーン、学校に行きたくなさそうな顔してる」
ポテトを半分齧ったゲーツがポツリと口にした。無表情と呼べるのかわからないけれど、少なくとも笑ってはいない顔だった。
「そーねぇ、クラスの連中とはあわないしね」
「何が?」
「性格とか?かな」
「そう。じゃあ僕がジェーンと同じクラスだといいね」
「は?なんでそうなるのよ」
「少なくとも僕は楽しいし、僕が楽しかったらジェーンも少しは楽しくなるかなぁと思って」
「あーそう。気持ちだけ受け取っとくわ」
「楽しくない?」
「楽しくないことはないけど…」
「はー!日本人ってゴマカスの得意だよね」
「何でもはっきりさせるのが正解じゃないもの」
ムッとして思わず口にしてしまった言葉、ゲーツはきょとんとして、それから何か合点がいったように笑った。
「それ、覚えとくよ」
この後、私とゲーツが同じクラスであることがわかり、こういう縁もあってか妙に仲が良い私たちについて憶測が飛び交うようになった。私は否定してるっていうのに、ゲーツときたら「はっきりさせるだけが正しいわけじゃない」とかなんとか言って、そういう場合に使ったら明らかに別の意味が含まれてそうなものを。
でもまぁいいかとか思って私もはっきりしないうちは、こんな腐れ縁でも楽しいかなとか思ってみたり。若干悔しいけど。
- end -
20090220