Gyunei Guss

***ご注意***
01. クワトロの話の続きみたいなものです。ヒロインはもちろん別。
02. ギュネイ→ヒロイン→クワトロで失恋ものです。
03. シーブックの話、ジェリドの話と少しリンクしています。
04. F91のサムにロリコン疑惑。
以上、よろしければどうぞ。




















シーブック・アノーという男は、中々食えない人間だと思う。
今目の前で数学の参考書を広げているヤツは、一見するとつまらなさそうに眺めているように思える。その実、頭の中では色々な公式が縦横無尽に走り回っているんだろう、次の瞬間にはすらすらとページの余白に計算式をメモし始めた。
アイツは生徒会長だった。優秀な男だ。お硬そうに見えて、実は年下の彼女までいる。いつの間にか。
その事実が発覚したときには、俺たちはここぞとばかりに、やいのやいのとからかったもんだ。真面目そうなツラしてやるじゃないかと。年下の幼馴染とはけしからんと語気を荒げていたのはサムで、

「ていうかジェリドもそうじゃね?」
「いやぁ、あれは彼女っていうより面倒見てるとかそういうアレだろ」
「むしろ妹的な?」
「なんだよ俺そういうの大歓迎だよ」

結局最後まで人を羨んでいたのもサムだった。心底うらやましそうな顔に同意はしかねるが、人の倒錯的な嗜好には口出しをしないでおこう。大体、教え子に手を出す教師に比べれば数万倍まともだ。
その、教師の風上にもおけない男に淡い恋心を抱いている女子生徒を、俺は何人も知っている。そいつら全員に、あの男の本性をばらしてやりたいと思うことすらある。
ただ一人以外には。

「アノーくん、」
「ん?」

そんなことを考えていた横から、藪から棒に彼女の声が聞こえた。
ミリアムエアハート。そういやぁ、こいつは俺の幼馴染ってことになるんだろうか。

「彼女ちゃんが来てるよ」
「え、そ、そうか……ありがとう」

妬けるねぇ、なんて言いながらニコニコ笑って、人のそういうのの、どこが楽しいのか俺にはわからない。気のいいやつなんだろう。しかし、シーブックもシーブックだ。今の問題集、彼女に勉強教えるために自分の勉強時間削ってるんだから笑いを通り越して呆れてくる。持ち主に渡すためにひっつかまれた問題集の表紙には、ピンクのハートのシールが貼られていた。うへぇ。
シーブックが立ち去った後の席に、サムが図々しくも座る。そんで、ミリアムに興味津々の顔を向ける。

「そうじゃん、ギュネイとミリアムも幼馴染じゃん」
「え?何何?何の話?」

突然こうやって話を振られても、めんどくさそうな顔一つせず、男女問わず話に加わる姿勢。そりゃ人気があって当然だ。少しドジなところはあるけれど、そういうところもまたミリアムの魅力なのかもしれない。女はそのくらいがいい。
別に、惚れた欲目とかじゃない、と、信じたいけど。

「だからさー、シーブックの彼女って幼馴染じゃん?」
「そうなんだ」
「そうなんです。で、ミリアムちゃんとギュネイくんはどうなのかなーって」
「馬鹿、変なこと言うのやめろっての」
「ええ?私とギュネイ?」
「お前も変なこと答えるなよ」
「変なことって何よー?教えろよギュネイよー!」
「いってぇ!絡むなって!」

ミリアムは、俺たちを見て笑っていた。ホント、何が楽しいのかわからない。


***


「あー、ギュネイ!」
「……なんだよ、でかい声出すなよ、うるさい」

その日の帰り、昇降口でミリアムに見つかってしまった。
コイツにつかまるとろくなことがない。やれ一緒に帰ろうだの、腹が減ったから買い食いしていこうだの、大体歩くのが遅いのなんのって、俺にとってメリットが何一つない。ないのに、一緒に帰ってしまう。男って馬鹿だ。

「ひどい。お母さんがご飯食べにおいでって言ってたから、一緒に帰ろうと思ったのに」
「……そういうことなら、行く」

彼女がぱあっと笑顔を見せて、俺は少しだけ照れくさくなる。
俺の両親は不在がちで、時々ミリアムの家にお世話になっている。べらぼうに飯が旨いのだ。俺にとっておふくろの味ってのは、ミリアムの母さんのそれのことに違いないとすら思っている。

「現金だなぁ」
「いいんだよ。数学教えてやってんだろ」
「そうだけどさ、」
「今日のおかず何だって?」
「えっとねぇ、ロールキャベツって言ってた!」
「ふーん」
「リアクション薄い!」

ぺしぺしと小さな手のひらで俺の背中を叩いても、ちっとも痛くない。
ガキの頃から人より小さくて、なのに誰よりやんちゃだった。思い出したくもないけれど、あの頃は俺のほうが世話をかけていたようにも思える。あっちこっち引っ張りまわされて、擦り傷たくさん作って、日が暮れるまで遊んで揃って怒られて。
ミリアムの手、ほんとちいせぇな。


***


多少は女らしくなったミリアムも、俺を連れまわす悪癖は抜けていなかった。
せっかくの休日に何をしようかと考えていたところへ、「これから本屋に行くから参考書選ぶの手伝って」 と、お供を命じられる。
それでも、これはデートなのかもしれないと心躍らせるあたり、俺は本当に馬鹿なのかもしれない。

「つーかよ、今更新しいモンに手ぇつけるのもどうかと……」
「いいの!今使ってるの難しすぎてわかんないんだもん」
「完全に駄目なパターンじゃねぇか」

コイツは無事に大学生になれるのだろうかと不安になってしまう。
お世辞にも成績がいいとは言えないミリアムも、人並み程度には進学の意欲を見せているが、俺が言うのもなんだが先行きは明るくない。

「まぁ、お前がそうなってたら何言っても無駄だってのはわかってるけど」
「よろしい!」

なんで偉そうなんだよ。
ともかく、ミリアムと俺は数学のコーナーでああでもないこうでもないと物色を続けた。
大体、何が苦手なのかっていうのはわかっている。参考書選びのパートナーとしては俺は誰よりも適任に違いない。あまり嬉しがることじゃないだろうが。

「数学だけか?買うの」
「ううん。あとは世界史と、生物。英語は得意なんだけどなー……」

ミリアムのことは、なんでもわかってしまう。
なんで英語が得意なのか。好きこそ物の上手なれ、ってやつだろう。俺はといえば、むなしいという感情はこういうものなんだろうかと、らしくないメランコリーに浸っている。
通りに面した書店の出入り口から、冷たい風が入り込んだ。

「どうしたのギュネイ。黙り込んじゃって」
「……別に」
「おなかへった?」

お前じゃあるまいしと頭を小突くと、ミリアムは少し笑って、直後に顔をひきつらせた。
こんなじゃれ合いは日常茶飯で、なのに今更こんな顔をするのはどういうことだと、凍りついた視線の先を俺は追ってしまう。その先には、信号待ちの赤い車がいた。運転席に、金髪。助手席に、女。
俺は先週のことを思い出す。彼女、学校以外じゃあんな派手な格好するんだな、と。
ミリアムはあれが誰なのか気づいたのだろうか。こいつは鈍いから、気づかないだろう。
気づかないで、いてほしい。


***


ミリアムにとってはこの世の終わりなのかもしれない。そんな顔だった。
カフェでココアを飲んでいる間も、帰り道も、俺は黙り込んだままのミリアムに何も言えなかった。何を言ったらいいのかわからなかった。
ミリアムが失恋して、よかったとも思っていた。俺にだってチャンスが来たんじゃないかなんて、汚いことを考えて、でもだからって、好きな女が死にそうな顔をしているのは嫌だった。俺だって、ある意味世界の終わりだなんてことを考えていた。

「ギュネイ、」

ミリアムは、立ち止まった。伏せた顔がどんな感情を浮かべているのかわからない。

「知ってた?」
「……何を」

白々しいなと思う。俺はテニス部で、顧問はあの人だ。俺もミリアムも、口には出さなくても、ミリアムが慕情を抱いていたことくらい、わかっていた。ミリアムも、そんな俺に気づいていたんだと思う。

「やさしいね、ギュネイ」
「……お前は、お人よしだ」
「そうかなぁ」

知ってて黙ってたんなら、俺は薄情者なんだろう。まかり間違っても、ミリアムが好意的に解釈したように、「傷つけまいと口をつぐんでいた」 なんてことは――
あるんだろうか。
夕暮れの街で、背中を振るわせるミリアムを見ているのが辛かった。俺なんかがしゃしゃり出ていい問題じゃないだろうけど、一発アイツを殴りたかった。いいや、一発じゃすまねぇ。

「……うん、大丈夫。いいの。わかってたから。私みたいな子供、相手にしてもらえるわけないもの」
「無理すんなよ」
「無理なんかしてないよ」

頑固だもんなお前。一度言い出したら梃子でも動かない。ずっと前からそうだった。男友達と喧嘩して負けても、転んで怪我しても、お前は絶対俺の前では泣かなかった。

「いいんだよ」

馬鹿なミリアム。意地っ張りの、強がり。
何がいいのかわからないが、俺はミリアムの頭を抱き寄せた。片手はポケットに突っ込んだまま、我ながらぶっきらぼうで優しさのかけらもない。

「……やっぱり、やさしいよ。ギュネイ」
「やさしくなんかねぇよ。俺は、俺がこうしたいからやってんだ」
「そっか」
「そうだよ。お前が失恋してよかったって思ってんだぞ、俺は。失恋して、俺のことに気づいてもらえないかとか、そういう、ずるいこと考えてるんだよ」
「……」
「俺は、お前が傷ついてるのに付け込んでるだけだ。最低だ、やさしくなんか、ない」

星が出ている。あれはオリオン、あれはカシオペア。俺が知ってる星座なんてそれっぽっちだ。あれだけ星が出ているのに、わかるのなんてそれだけだ。

「ひどい」

ミリアムは、余計に頭を押し付けてきた。

「ひどいんだよ、俺は」
「やさしくしてよ」
「……どうすりゃいいんだよ」

鼻をすするような音がした。寒いのか泣いてるのか、知る由もない。ただ、寒かろうが泣いていようが、口実は口実だ。

「ぎゅってして」

お前、ずるいやつだな。とは言えなかった。言わなかったのは、俺にも優しさってのが残っていたからかもしれない。
見ていたようなタイミングで、流れ星が一つ空を駆けた。どの星が落ちたのか、俺は知らない。

- end -

20130122