Judau Ashta

新学期、放課後の校内をほっつき歩いてると、俺みたいな新入生はすぐに部活の勧誘に捕まっちまう。

「サッカー部、入らない!?」
「ねえねえ君、英語研究会なんだけど・・・」
「バスケットに興味ないかな!?」

声をかけられても無視してるヤツもいれば、気が弱いのかなんなのか、押し切られて連れ去られそうなヤツもいる。
なんの見境も無く、目に付いた生徒に次から次へと声をかけてんだろうな、ってのが実に良くわかる。英語研究会とか言うのはともかく、そりゃ、俺は結構、運動神経良いしスポーツとか体を動かすのは好きだけど、部活に入ってあーだこーだとがんじがらめにされるのは御免被る。ただでさえ、学校ってとこは窮屈でしょうがないのに。

「俺ちょっと急いでるんでー!スイマセーン!」

そう、俺は急いでる。バイトに遅刻しそうなんだ。学校はバイト禁止だけど高校に入れば色々と入用ってもんです。それに、しんどいかもしれないけど学校で授業聞いてるよりも楽しいし、やりがいがある。なんつーか、お金稼ぐのって大変なんだな、って思うのと同時にありがたみがわかるカンジ?
俺はほとんど中身のない鞄を抱えて昇降口に走った。

卸したてだからまだかかとのつぶれていない靴をさっさと履いて、出入り口のドアをくぐろうとしたとき、中庭の方になんとなく目をむけた。そしたら、そこにびっくりするような綺麗な女の人がいた。いや、正しくは歩いていた。
制服のリボンの色が赤だから、えーと、2年生?その人は大きな本を抱きかかえるようにしている。中庭の通路が花壇に挟まれているから、まるで花畑を渡っているように見える。花の名前なんて知らないけど、リボンと同じ赤い色の花が似合ってて、その所為で余計綺麗な人に見えた。
口をあけてたのかどうかわからないけど、多分間抜けな顔をして立ち止まっていたから、その人も俺の方に目を向ける。
その瞬間、無性に気恥ずかしくなって、俺は校門まで走った。そうだ、バイトに遅刻しそうなんだから。




「こら、ジュドー。どこを見ている」

叱っているのに声は穏やかなクワトロ先生は、マジに切れたときこそ恐ろしいタイプだと思う。窓の外を眺めていた俺は、「へ?」と間抜けな声で返事をして、クラスの笑いをかってしまった。

「今言ったところを、訳してみなさい」
「え?え?えーと・・・」
「聞いてもいなかったのか?」

バーカ、とビーチャが後ろの席から小声で言ってくる。うるさいなあ、お前だって当てられたら解けないだろ?


「なーにしてたんだよ、ジュドー!」

モンドとビーチャは休み時間になると俺の席の周りに集まってくる。俺に真面目に授業を受ける気が無いのは今に始まったことじゃない。けれど、今日俺がぼんやりしていたのがこの二人にとっては不思議らしい。

「別に・・・」
「なんだよ、なんか悩んでるみてーだから声かけたってのによ!」
「悩みねえ・・・」
「お?マジで悩んでんの?」

悩んでるワケじゃない。授業中外を見てたのは、中庭がそこからちょうど見えただけで・・・って、俺は恋する乙女かよ。

「違いますよ、いい天気だなって思ってさ。昼飯、中庭で食おうぜ」
「お、それいいな」
「賛成!・・・っと、チャイムがなるな」

簡単にはぐらかされた二人は自分の席に戻って行った。単純な奴等だなーなんて思ったけど、中庭ばっかり見てる俺も結構単純なのかもね。昨日いたからって、今日もいるわけないのに。




もちろん、昼休みの中庭に彼女は現れなかった。購買で一番人気の焼きそばパンもあんまりおいしいとは感じない。ぼけっと食べてたらビーチャに鮭おにぎりを取られてたのにも気づかなかった。
やや空腹感を抱えながら、放課後、俺は帰り支度をする。今日はバイトもない。ビーチャはエルにつられてテニス部の見学に行ったし、モンドは他のやつらと部活見学に行くらしい。二人とも、熱心なこと。
俺は何をするでもなく、しばらく教室に残っていた。中庭を見下ろしながら。今の俺にはそれだけが彼女との接点で、みっともなくそれにすがっている。話したこともないのに、名前も知らないのに。我ながらどうかしているとは思う。
堪え性と言うか、忍耐力なんてものは元々俺にはこれっぽっちもないから、諦めて帰ろうと思って鞄を取った。別に、二度と会えないわけじゃないし、学校は明日もある。最後に未練がましくもう一度窓の外を見た。

「嘘だろ」

願いが届いたのかどうか知らないけれど、中庭を歩いている彼女がいた。見間違えるはずが無い。俺、視力いいから。
気づいたときには駆け出して、上履きのまま中庭に走っていた。

「あ、あのっ!」
「はい?」

振り向いた彼女は、びっくりした顔をさらにびっくりさせた。それもそうだ。昨日自分を見つめていた男子生徒が自分を今、呼び止めているのだから。

「何か・・・用かしら?」
「あ・・・え・・・っと・・・・・・」

後先考えずに行動してしまうから、俺の頭はそのとき完全に真っ白だった。まさか名前を聞いてサヨウナラするわけにもいかないし、かといって適当な口実も思い浮かばない。

「ひょっとして・・・部活の見学希望かしら?」

視線を泳がせている俺に、彼女は助け舟を出してくれた。いや、彼女にとっては助け舟なんかじゃないんだろうけど、俺にとっては助け舟だ。

「そ、そうですそうです!」
「まあ!」

彼女はさも嬉しそうに笑顔を見せた。笑うと雰囲気がやわらかくなって、可愛い人だと思った。
で、えーと何の部活なの?嬉しさ半分困惑半分の俺が連れて行かれたのは、グラウンドでも体育館でも美術室でもなく・・・

「今のところ、男の子は貴方だけよ」
「・・・さ、茶道部・・・?」
「え?」
「あ!いやっ、そうかー俺、いや、僕だけなんですね、そうかーはははー・・・」
「・・・?ま、いいわ。私は部長のジェーン・バーキン。2年生だけど、上がいなくて」

ジェーンさん。名前も綺麗。
だけど、茶道部!?おいおい、俺、お茶なんて飲んだことないし、ましてや作法なんて全っ然わからん!いい加減な返事なんてするんじゃなかった・・・けど、これで名前もわかったし、ジェーンさんとの接点も増えた。

「貴方、お名前は?」
「ジュドー・アーシタです」
「そう。ジュドー君、珍しいわね、男の子でお茶なんて・・・御家がそういうところなの?」
「え・・・えーと、まあそんな感じです。小さい頃祖母が」
「すごいわね・・・」

いかん、嘘をついたらだんだん取り返しのつかないことになってきた。とりあえず今は正座してる足がヤバイ。ジェーンさんは手際よく茶筅?でお抹茶を立てている。ううう・・・あんなに泡立ってるお茶って飲んでおいしいものなの?

「どうぞ」
「い、いただきます・・・」

痺れる足に負担がかからないように手を伸ばし、ごくりとつばを飲み込んでから一気に飲み干す覚悟を決めた。

「あ!」

そうするとジェーンさんが突然大声を上げるもんだから、俺はびっくりして体を震わせた。そのショックが案の定足に伝わってくる。い・・・いたい・・・。

「回して、器の柄が相手に見えるようにしてから飲まなきゃ・・・」
「あ、アハハ・・・そうでしたね・・・忘れちゃってたみたいで・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・もしかして、足痺れてる?」

ギクリとした。とりあえず、零しそうなのでお抹茶の器をたたみの上に置いてから言い訳してみたが・・・

「そ、んなことないですよ、ほら!・・・・・・ってェ〜!!」
「・・・大丈夫!?」

ボロが出ちまったかも、なんて思ってジェーンさんを見たら、その顔は本当に心配してる顔だった。なんだか、嘘ついてるのが申し訳ないのと、今の自分が情けないのとで恥ずかしくなってきた。

「だ・・・大丈夫・・・です・・・」
「足、伸ばしていいわよ?」

優しいなあ・・・ジェーンさん。お茶のこと、本でも買って勉強してみるか・・・。

- end -

20080712