Kamille Bidan

「カミーユ、」

昼休み。図書館に本を返却しに行ったら、カウンターでけだるそうに本を読むサラに呼び止められた。

「これ、あげる」
「え?」

差し出されたのは二枚の映画チケット。小説が原作の、話題作だ。女子の間で人気だし、サラもこの本を読んでいた気がする。

「なんで?」
「それ、観ちゃったのよ。二回も観たいと思うような映画じゃなかったし、あげる。誘えば?」

目的語がない。が、サラが俺に誰を誘えと言っているのかは見当が付く。お互い妙に勘が鋭いらしい。そして、たとえここで「二度も見たくはない映画を勧めるのか」とか、「興味ない」とか言って付き返してもサラはこういうのだろう。

『映画が目的じゃないでしょ、あの子を誘ってどこかに行くのが大事なんじゃない』

まあ、それが自分でもわかっているからその二枚の紙切れを上着のポケットに仕舞いこんだんだけど。
それを見届けると、サラは再び読みかけの本に視線を戻した。さも楽しげに口の端を上げて。

「期待してるわよ」
「・・・ドーモ」

ああいう風に他人のことに首を突っ込んでばかりで、それだから自分に何にもないんだよ。そんなことを心の中で毒づきながら、まあ結構感謝していた。あとは、彼女―ジェーン・バーキン―を誘えるかどうか、だ。


昼休みはあと15分。教室に戻ると、ジェーンの姿はなかった。ゲーツ・キャパに聞いてみると、「ジェーン?ああ、彼女日直だから次の授業の準備に先生に呼ばれてたよ」とのこと。そうなると、顔をあわせるのは授業開始直前になるだろうから昼休み中に渡すのは諦めた方がよさそうだ。ああ、そうだ。第一こんなに人の多いところでデートの誘いなんて恥ずかしい。ん?デート?・・・・・・そうか、デート、になるのか。無意識に、上着の中のチケットを確かめるように触っていた。そんな俺の様子を見て、ゲーツは不思議そうに、けれどどこか訳知り顔のような笑みを浮かべた。
なんだよ。
コイツも妙に勘がいいのか?


授業開始5分前になって、ジェーンは現れた。世界史の大きな地図を抱えている。それだけのためにわざわざ呼び出されたんだろうか。
不思議に思いつつも、俺は緊張していた。何故だろう、今渡すわけじゃないのに。

「あ!あのさあジェーン」

教卓に地図を置いて席につこうとしたジェーンを呼び止める声、振り返ると彼女と同じく日直の男子だった。

「俺さ、今日サッカー部の用具当番とかぶっちゃってさ・・・その、悪いんだけど」
「あ、いいよ全然!私が日誌も書いておくから!」
「悪ぃ!サンキュ!」

・・・前々から思ってたけど、ジェーンって人がよすぎるような気がする。そういう健気なところも、その、好き・・・なんだけどな。
にしても、アイツ、ジェーンに任せるんなら地図ぐらい取りにいけよ。なんかムカツク。俺の席がもっとアイツらに近かったら、ジェーンに「手伝うよ」ぐらい言えたんだけどな。釈然としないまま、教室に世界史の教師が入ってきて、俺は教科書のページを捲るしかなかった。


ようやく放課後。
部活動に行く奴、まっすぐ家に帰る奴、教室で喋ってる奴(これ、主に女子)の中で、ジェーンだけが黙々と机に向かって日誌を記入していた。彼女、吹奏楽部で練習もあるだろうし、俺も空手部の練習がある。もたもたしてる場合じゃないけど今は人がまだ残ってるし・・・。
教室で彼女の方をチラチラ窺いながら、わざと準備する手を遅くしていた。我ながら、馬鹿みたいだと思う。けど、日誌を職員室に届けなければならない彼女が教室を出るタイミングとあわせなければ、今日中に渡すのが難しくなる。無意味に空手着の帯を締めたり緩めたりしてるうちに、ジェーンの席の方で日誌を閉じる音がした。そのままわざとらしくないように出口に向かう。

「おつかれ」

さりげなく言えた・・・かどうかはわからないけど、とりあえず彼女に声をかけることが出来た。

「あ、カミーユもお疲れ様。部活?」
「うん、見りゃわかるだろ」

いや・・・こういうぶっきらぼうなことが言いたいんじゃなくて・・・。

「そっか、そうだね」

日誌を胸元に抱える彼女の横を歩く。俺の冷たい(のかな?)一言にもジェーンはのほほんとした微笑で返事をする。本気で人がよすぎるのかもしれない。じゃなくて、俺はこんなどうでもいいことをするためにわざわざ時間を調整してたわけじゃなくて・・・。

「あ、あのさ、」
「ん?」

上ずっていないだろうか。咳払いを一つしてから立ち止まる。廊下を見回しても誰もいない。言うなら、今だ。

「こん・・・」
「あ!カミーユさん!」

がくりと肩が落ちた。声で誰だかわかるけど、せっかくのチャンスを邪魔した奴のほうを見ると、案の定一年坊主のジュドーだった。コイツ、何の因果か知らないが新学期から俺に付きまとっていて、正直めんどくさい。

「カミーユさん、実はさぁ・・・・・・?・・・あ!」

お前の話なんてどうでもいいから、と言おうとした矢先にジュドーはジェーンと俺の顔を見比べて勝手に何か判断したらしい。

「と、思ったけど俺やっぱ用事あるからいいや!またね、カミーユさん」

ジュドーは走り去っていった。今日、ああいう「わかってるわかってる」みたいな嫌な笑顔を何度みただろうか。しかし今のアイツの行動は感謝すべきかもしれない。勘の鋭い奴だとこういうときは非常に助かる。

「??追いかけなくていいの?カミーユ・・・」
「いいんだよ、あいつの話なんていつ聞いても漫画か何かしかないんだから」
「・・・そ?それより何か言いかけなかった?」

ジェーンは首をかしげながら俺に尋ねてくる。チャンス。

「ああ、歩きながら話す」
「そうね、お互い部活もあるものね」

その一言で大事なことを思い出した。遅れればまた主将のジェリド(俺はアイツに先輩なんてつけて呼ばない)に嫌みったらしく文句を言われるに違いない。そうなると面倒くさい。これはさっさと話を切り出してしまう必要がある。

「その、話の内容なんだけど」
「うん、なあに?」
「今度のにちよ・・・」
「カミーユさあああん!!」

またか。なんとなくそんな予感もしていた。今日はツいてないらしい。廊下の壁に片手をついて俺はため息をこぼした。声の主は中等部のカツだった。コイツもなんだかんだで俺のことを兄貴かなんかと思いこんでるらしい。俺は一人っ子だから、まあ正直悪い気はしないんだけど、今はタイミングが悪いよ、カツ。

「・・・どうしたんだよカツ」

無視するわけにもいかないから、とりあえず話を聞いてみる。と、なんと高等部の図書館に行ったもののサラがいなかったために戻ろうとしたら迷ってしまったらしい。コイツ、まだサラのこと追っかけてんのか。というか、迷子になって俺の前に現れる確率なんてかなり低いだろうに・・・ほとほと今日はツいてない。

「カミーユさぁん、お願いします。僕を門まででいいんで送ってください!」
「はあ?」

俺は今、取り込み中なの!そう言おうとしたら、横で成り行きを見守っていたジェーンがおずおずと口を挟んできた。「あのぅ・・・」

「なんか、大変そうだから私、先に行くね?」
「えっ・・・」
「じゃあね、カミーユ。部活頑張ってね!」

微笑を残し、ジェーンは去っていった。後に残された俺がどんな顔をしていたのかわからないが、カツはようやく事情を把握したらしく、「あ、ひょっとして邪魔しました?」なんて聞いてくる。見ればわかるだろ・・・普通・・・。

「“邪魔しました?”じゃないよ!ほんと・・・あーあ・・・」
「あ、あの・・・ごめんなさい」

誘えなかった。落胆する俺を見ているカツがちょっと不憫になって、門まで送るのを承諾した。やれやれ、ジェーンほどじゃないけど俺も人がいいらしい。自分に呆れながら、俺はカツを連れて門の方へ向かった。

「カミーユさん」
「なんだよ」
「ひょっとして・・・デートの約束でもしてたんですか?」
「・・・なんでそこだけなんだよ」

俺の最後の台詞の意味が伝わらなかったのだろう。カツは何がなんだかわからないというような顔をしている。

ほんと、なんでそこだけ鋭いんだか。うまくいってりゃあ、今頃誘いの返事も聞けただろうに。


その日部活に遅れた俺がジェリドに散々なトレーニングをさせられたことは、言うまでもなかった。

- end -

20080607