Kou Uraki

メモ用の、小さめのノートとちょっとかっこいいボールペン、それからスリムなデジタルカメラにレコーダー。私の“標準装備”です。


「頼む!一生のおねがい!」

休み時間。私は教科書を机の中に仕舞おうとしていて、突然目の前で誰かが両手を合わせる音にびっくりして体を大きく揺らがせた。
カミーユだった。

「は?何?」
「頼みがあるんだよ」

まるで神仏でも拝むような格好で、しかも眉を下げている彼の姿は中々情けなくて面白い。さすがに、写真撮ったら怒られそうだけど。周りは思い思いに10分間の休み時間を過ごしている。昨日のテレビの話、最近出来たショップのラインナップ、隣のクラスの恋愛模様。

「頼みって?」
ジェーンさ、新聞部だろ?その特権生かしてさ・・・」

カミーユは、何かわからないけど私に職権乱用を勧めようとしているらしい。当の本人は持っていたなにやらマニアックそうな雑誌を捲って、ページのタイトルを指差した。私は、太目のゴシック体の文字を眼鏡越しに見つめた。

「何それ?・・・“ミノフスキー大学工学部学生が小型ロボットコンクール入賞”・・・?へえぇ」
「しかも最年少だぜ?なあ、校内新聞のインタビューとかやるだろ?それに、俺も連れてって欲しいんだよ!」
「は?」

事前に、部の顧問または部長への許可と、アポさえ取れればインタビューには行ける。ただ、それに部外者のカミーユを連れて行ってもいいものか・・・。たまに、そういうロボット関係の話を熱っぽく語り合ってるカミーユと男の子達を見たことはあるけど、まさかその情熱がこんな形で私に向けられるとは思ってもみなかった。

「そんなこと、できるかどうかわからないし・・・」
「そこを何とか!なあ、ほんと一生のおねがい!頼むよ、なんでもするからさあ・・・」

ひしと私の手を握り締めて、カミーユはまるで子羊のようにすがり付いてきた。はあ、とため息をついて、とりあえず部長と顧問に聞いてみるということだけ、彼に伝えた。まったく・・・どうなるかまだわかりゃしないのに、もう話が決まったかのように目を輝かせちゃって・・・。
あーあ、めんどくさいなあ。


「面白いじゃない。その子にインタビュアーをやってもらえば?」

放課後、部長のマウアー先輩に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。部室代わりの図書館、司書室。けだるそうにパソコンのモニターを見つめたまま、それでも少し楽しそうにマウアー先輩は言った。顧問であるシロッコ先生はいつものように「任せる」と言ったきりで、職員会議に行ってしまった。

「そんな簡単に・・・」
「あら、ロボットの知識があるんならやってもらうに越したことはないわ。踏み込んだインタビューもできるでしょう?」
「でも、そんな詳しすぎる内容だと読む人が限られちゃいますよ」
「・・・まあ、そこをなんとかとっつきやすいものにするのが、ジェーンの腕の見せ所じゃない」
「はあ・・・」

厄介なことになってきた。生返事にため息を交じらせながら、私はインタビューのアポを取るために行動を開始した。マウアー先輩をパソコンの前から追い払って、大学のホームページから研究室の連絡先を探す。

「(ええと・・・どこの研究室なんだろう)」

カミーユから借りた雑誌を捲り、付箋をつけていたページから情報を拾おうとすると、こちらに向かって軽く微笑んでいる二人の男性の写真が眼に飛び込んでくる。一人は明るい髪に大きなサングラス(室内なのに)、もう一人は黒い髪。写真の下のコメントで、二人の名前はそれぞれ“チャック・キース”と“コウ・ウラキ”であることが判った。

「ふうん・・・なんか普通の人・・・」
「当たり前でしょ・・・ウラキさんなんて、あんなに目立たない人だったのに」

パソコンの前から職員の机に追いやられたマウアー先輩はぼそっと私の独り言にツッコミを入れた。

「知ってるんですか?」

思わず、椅子を回転させて先輩の方を見る。

「だって、その人が高校3年のとき、私は1年だったから」
「ああ・・・そうかあ」
「目立たない、というより目立つことがあんまり好きじゃない感じかなあ・・・成績優秀だったから目だってはいたのよね」
「へぇ・・・」

長めの前髪が邪魔そうだなあ、なんて、私は写真を見ながら思っていたけど案外事情があるのかもしれないなあ。




1週間後の、日曜日

「カミーユ!少しは落ち着きなさいよ!」

大学の正門をくぐりながら、私の横で浮かれているカミーユは緩む頬を隠せないようなそぶりを見せていた。まるで、飛び跳ねんばかりに弾んでいる。羨ましい。私は大学の敷地内に入るのですら緊張しているというのに。

「ホント、恩に着るよジェーン!」
「・・・ちゃーんと、お昼ごはん奢ってくれるんでしょうね?あ!ちょっと、ちゃんとネクタイ締めなさいよ!」
「細かいなあ〜、それを言うならジェーンのスカートだって短いじゃん」
「このくらいが普通なんですー」

結局、大学2年生で研究室に所属していない彼ら―ウラキさんとキースさん―と連絡が付くのに手間取ってしまったけれど、マウアー先輩が手をまわしてくれたおかげで何とかなった。待ち合わせは食堂で、インタビューもそこでやる予定。食堂って日曜でも開いてるんだなあ。

「あ、ねえ!あの人たちじゃないかな?」
「カミーユ、人を指差しちゃダメだって、お母さんに習わなかったの?」

カミーユにぶちぶち文句を言いながら歩いていると、食堂の前に立っている二人との距離が縮まっていった。程なくして、ウラキさんとキースさんはこちらに気づいて、私達は軽く会釈をした。手を振って微笑んだのは、キースさんだけだった。


「お忙しい中、ありがとうございます。高等部新聞部のジェーンバーキンです」
「カミーユ・ビダンです!あのっ、お二人と会えるなんて光栄です!」

食堂の席に着くや否や、カミーユは身を乗り出すように捲くし立て始めた。なんとか理論だの、ほにゃららのコンクールがどうだの、このままじゃインタビューになりやしないから、私は軽く彼の頭を叩いて落ち着かせた。無駄だろうけど。ウラキさんはちょっと驚いたように、キースさんは苦笑しながら自己紹介をしてくれた。

「そう言ってもらえてうれしいよ・・・詳しいんだね、カミーユ君。僕はチャック・キース。工学部所属」
「僕は、コウ・ウラキ。学部はキースと一緒」

キースさんは印象どおり明るい人みたい。ウラキさんは・・・よく言えば落ち着いた人。
とりあえず持ってきたレコーダーのスイッチを入れて、後はカミーユに、そのなんとか理論とか、ロボット工学の未来だとかを喋らせた。時折、私が言葉の意味を解説してもらったりするけど、初めから最後までキースさんがほとんど喋ってた。そういう人なんだろうけど、バランス悪いからウラキさんに話を振ってみる。振ってみても、あんまり話してはくれなくて、変わりはしなかった。私は諦めて3人の姿をカメラにおさめることに専念した。

「どうして工学部に入ったんですか?」

カミーユは満足したのか、会話が一瞬途切れたので、私はありきたりな質問を投げかけてみた。キースさんは「機会いじりが好きだから」と、らしいと言えばらしい答え。ウラキさんは、

「僕は、人間の可能性をもっと広げるロボットを作りたいと思って。例えば、惑星の無人探索ロボットなんかをもっと性能のいいものにしたい。今回のコンクールでの入賞は小型化という課題に対して形を残せたものだけど、もっと問題は山積みだ。一つに動力源の内部搭載があって・・・」

そう語る彼は、今日一番真剣な目をしていた。なんだか圧倒されて、瞬きもできないくらいだった。あまりに専門的な用語が飛び出し続けて、私がわけのわからないような顔をしていた所為か見かねたキースさんが仲裁してくれたけど、カミーユはまだ聞きたそうな顔をしていた。
それから、高等部の生徒に対するメッセージなんかを頂いて、インタビューは終了。

「本当にありがとうございました。出来上がった記事は新聞部のサイトに上げるので、よろしかったらご覧下さい」
「ご苦労様、楽しみにしてるよ」

キースさんがそういうと、二人はどこかに向かって歩いていった。なんだかいつもより緊張したけど、無事に終えられてよかった。後は家で記事をまとめて、来週中に提出して・・・あ、その前に、

「カミーユ、お昼はどこにしようかあ?」

奢ってもらうの、忘れないようにしなきゃ。ぎくりとしたカミーユの姿に、私は声を上げて笑った。



その日の夜、パソコンの前でレコーダーを再生させながらインタビューの内容を書き起こしていると、携帯が鳴った。レコーダーから流れるウラキさんの声が優しくて、少し名残惜しかったから、私は携帯を開くなり画面も見ずに通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『こんばんは。ジェーンさん?ウラキです』
「ウラキさん・・・?」

意外な人物の声だった。電話番号自体は、マウアー先輩から教えてもらって、アポを取るときに一度彼に電話をかけているから不自然ではないのだけれど・・・。

『今、大丈夫?』
「はい、あの、何か・・・?」
『インタビューの内容なんだけど、僕が工学部に入った理由、キースと同じ内容に変えてもらえないかな?』
「え?」
『あ、もう変えられないとかだったら無理にとは言わないけど・・・なんというか今になって後悔しちゃって・・・』
「まだ編集段階ですから大丈夫ですけど・・・どうしてですか?」
『なんだか・・・専門語ばっかりでつまらないだろうし』

ノイズがかかったような優しい声は、電話の向こうで心配しているだろうウラキさんを思い起こさせるのに十分で、不謹慎だけど私は口元に笑みを浮かべてしまった。

「そんなことないですよ。お話、とても興味深いものだったし、言葉の意味は解説してもらったし」
『君やカミーユ君はそう言うかもしれないけど・・・』
「誰が読んでもわかりやすく、そういうことですか?」
『ん、まあそういうこと』

気にかけてくれてたのか。声だけじゃなくて、本当に優しい人なんだな。
パソコンを少し弄ると、今日撮った写真がディスプレイに表示される。真剣な眼差し。本当に、機械のことを勉強するのが、それを通して自分のやりたいことを形にするのが好きで、情熱を傾けているんだろう。
わかりやすくするのは、私がどうにかすることはできる。けど、それはインタビューの内容を変えてしまうことになる。どうしてだろう、今回は、それだけは避けたくなった。

「解説もしていただいたし、大丈夫だとは思うんですけど・・・もしよろしかったらもう一度お話していただけませんか?」
『え?・・・えーと、そのときに今日話したことをもう少し噛み砕いて喋ったらいいのかな?』
「はい、そういう形でお願いします」
『じゃあ、今度の水曜とか大丈夫かな?』
「ええと、はい、大丈夫です。場所は・・・」

半分は口実、だけど。

もっとその声、聞きたくなっちゃったから。ノイズ混じりじゃない、生の声を、ね。

- end -

20080530