Quattro Vageena

***ご注意***
01. ギュネイの視点です。
02. ヒロインもクワトロもほとんど出てきません。
03. クェスに対してちょっとキツめの内容です。
04. シーブックの話と少しリンクしています。
以上、よろしければどうぞ。




















女ってわからねぇ。

そう思っているのは俺だけじゃない。休み時間のぐだぐだした空気に肩寄せ合って愚痴っているメンバーは、きゃいきゃいを通り越してぎゃあぎゃあうるさい女どもを白けた目で見るしかなかった。
ケバい化粧の女子もおとなしそうな女子も、英語の時間が終われば毎回飽きもせず、担当教師の賛美タイムに突入する。もはや言語としてでなく鳴き声か何かにしか思えない音声はほとんど意味もなさない。
どうせ口をそろえて「声がステキ」 だの、「発音が色っぽい」だの、 「字も綺麗」 だの、くだらねぇことしか言ってないんだ。

「毎度毎度、ほんっとうるせーよなぁ」

そう言うのは、俺の斜め前の席のサムだ。自慢のヘッドフォンも、今だけはノイズキャンセラーにならないらしい。横につったってたアーサーも、その肩を竦めて吐き出す。

「俺、あいつらがうるせぇからクワトロ先生のことまで嫌いになりそう」

坊主憎けりゃと言うが、この場合は袈裟が憎けりゃ坊主まで、と言った方が適切になりそうだ。
その担当の教師はクワトロ・バジーナと言う。毎度毎度英語の授業が終わるたびに女子どもがああなれば、男友達が辟易するのもわからないでもない。ないが、俺はこいつらほど目の敵にしてるわけじゃない。一応、所属しているテニス部の顧問だし、その腕前とか指導っぷりはすごいと思う。

「ドロシーまで肩入れしてんだからな、すごいと思うよ」
「あーあいつなー。見た目アレだけどまともだと思ってたのにな」
「ほんっと女ってわかんねぇわ」

結局アーサーとサムとジョージが愚痴ってるだけで、俺とシーブックは黙って聞いてるだけだった。そのうちヤツらの矛先は俺たち、というより、シーブックに向く。

「お前はいいよなぁ、かーわいい彼女いるし」
「え、なんだよ……それ関係ないだろ」

シーブックの彼女……あぁ。あの一つ下の。幼馴染とか言っていた気がする。放課後に仲良く二人で下校しているのを目撃され、根掘り葉掘り顛末を問い質され、まぁそのあたりは同情しないでもない。俺もその場にいたくせにこういうことを言うけれど。

「黙ってないで助けろよ、ギュネイ」
「……すまんが、諦めろ」

笑いながらそう言うと、こちらはこちらでぎゃあぎゃあとやかましい騒ぎになる。
ほんっとガキよね男子って。
そんな声がどこからか聞こえた気がした。
俺もそう思う。
尊敬していると言うくせに、彼を“先生”と呼ぼうとしない俺もガキだ。


***


放課後、冬のテニスコートに一番乗りだったのは俺だった。どんよりとした雲が広がって、いつもより気温が低く思える。
体を温めるために壁打ちをしながら、俺は昼休みのことを思い出していた。

クェス・エアという女子がいる。まだ一年の、生意気盛りの子だ。
なんでも雑誌のモデルか何かをやっているらしくて、それなりに見た目はかわいい。男子の人気もある。情けないことに三年の中にも信奉者がいるときたもんだから、同い年の俺としては、関係ないにも係らず、そんなガキに現をぬかすか?と、頭を抱えたくなる。
なるが、確かにあのくりっとした目に見つめられて「お願いがあるの」 なんて言われたらコロッとだまされかねない。いや、俺はそんな機会、体験したことないけど。
ジェーン・バーキンという女子がいる。三年の、地味な生徒だ。
親がアナハイムの重役っていう、お嬢様だ。のわりに、地味だ。化粧っ気のない顔はびっくりするような美人でもなければ、目を逸らしたくなるようなブスってわけでもない。会って話をしたところで、数時間後にはどんな女だったか忘れてしまうような子だ。
まじまじと人の、それも女の顔を見るほど悪趣味ではないので詳細はわからないが、誰かが「アイツ絶対大学デビューとかで化けるタイプだぜ。目鼻立ちいいもんな、眼鏡やめりゃいいのに」 と噂していたのを聞いたことがある。だからって確認しようとかそういうことは思わないが。

その二人が、職員室の前で言い争っていた。

多分その現場を見ていた者なら『この二人にどんな接点が?』 と、首を傾げたに違いない。よくも悪くも噂に事欠かない二人だが、どこをどうやっても接点が見つかりそうにない。というか、住んでる世界が銀河レベルで違うような二人なのだ。物珍しさと好奇心に駆られた人間は少なくなかった。昼休みの職員室前は、あっという間に人の波に飲まれた。
たまたまブライト先生に用事があった俺は、職員室の中からその現場を見ていた。察するに、クェスがジェーンに言いがかりをつけただけのようだった。いや、そうに違いない。あのクェス・エアというのはそんなタイプ、感情とか思い込みが行動の理由になってそうな子だと思うから。誰かがいつか、「クェスって親がダブル不倫で離婚して、母親についていったけど折り合い悪くて家を転々としてるんだって」 と、さも愉しそうな口調でささやいていたのを思い出した。
俺はそういう下品な真似が嫌いだ。なのに、言い争う二人を盗み見るのをやめられなかった。

「あんたなんでいつもアタシの邪魔するの!?いっつもいっつもアタシがクワトロ先生に話しかけようとしたら邪魔して!自分が根暗のブスだからってひがまないでよね!」

うわぁ。というのが俺の正直な感想。でもほんの少し、「ああ、やっぱりそういう子だったんだ」 って気持ちもあった。
ずばぬけてかわいくてチヤホヤされることに慣れてると、ああいう性格になるのかもしれない。クェスばかりが悪いわけじゃないのだろうが。
果て、ジェーンの反応はというと、こちらもこちらで「ああ、やっぱり」 という言葉の選び方だった。

「僻んでなんかいないわ。あなたこそ、自分が万事の中心だ何ていう思い込みはやめることね。頭の悪さが露呈するだけよ。今の意味わかったかしら?理解できてる?」

フンと鼻を鳴らしそうな顔は、初めて目の当たりにするものだった。こういう顔もするのかと妙に感心もしたけど。

結局その場は、静かにしろと一括した教師陣のおかげで、当の本人たちもギャラリーも散り散りになって職員室を後にした。噂は噂を呼んで、いつのまにか二人は取っ組み合いの喧嘩をしただとか、ビンタの応戦がすさまじかったとか、そういうことになっているらしい。
また俺たちはだるい教室の中で肩を寄せ合って、こう言うのだった。

「女って、おっかねぇ」


***


「ねぇ!テニス部の人!」

あぁ? と思って振り返った先には、クェス・エアがいた。すでに部活動の時間は終わって、俺は一人で自主練を続けていたところだった。
ふわふわした髪を揺らしながら、短すぎるスカートの裾を翻し俺のほうへと駆け寄ってくる。浮かんでいる笑顔は、作ることに慣れてしまったまがい物の微笑みは、俺に向けられているわけじゃない。

「クワトロ先生、どこ?」

懐っこそうに首を傾げる様も、こんな年で男に媚を売る術を身に着けているのかと思うとぞっとする。

「……さぁ。俺は一人で練習してるだけだから」
「そうなんだ」

口ではそう言いながらも、クェス・エアの心の中は「使えない男ね」 くらいの感情で満ちているんだろう。それくらい、俺にだってわかった。

「じゃ、別のとこかなー?」

クェス・エアは俺の返事を必要としない。もと来た道をくるりと振り返って、さっさと帰ってしまった。
ほんの数秒なのに、妙に鼓動が早くなっていた。ドキドキしたとかそういうんじゃない。これは正直、恐怖みたいなものだ。

その数分後、俺はまた同じような質問を受ける。
今度はジェーン・バーキンからだ。

「いや、知らねぇ」
「そう」

ジェーンは、表面上なんとも思ってなさそうだった。どうせ、「まぁアンタなんかが知ってるわけもないでしょうけど」 くらいには思われていそうだ。そんなことを思ってしまうのも、昼間見た光景のせいかもしれない。

「まだ練習してるの?」

マフラーにうずめた顔が、ちらりと俺を見上げる。鼻の形が綺麗だな、と思った。

「いや、俺はもう帰るぜ」
「そう」

おや、と、思った。
今度の「そう」 には、いくらかほっとしたような響きがあったからだ。

「お前も気をつけて帰れよ」
「……そうね。ありがとう」



更衣室で着替えた後に、危ないから送っていくくらいは言うべきだったのだろうかと、少し後悔をした。ストレッチもついでにやったことだし、さすがにジェーンも三十分の間テニスコートに立ち尽くすほど馬鹿じゃないだろう。
が、

「何してんだアイツ……」

ジェーンはいた。さすがにテニスコートではなく、人気のなくなった校門の近くに。アイツ本当は馬鹿だったのかと眉をひそめつつ目を凝らすと、夕闇の中にもう一つ人影が見えた。
クワトロ・バジーナだった。
二人して何してんだ。英語の補修をこんなところでやるわけでもないだろうに。
つい出歯亀根性がむくりと起き上がって、俺は中庭の木の陰から様子を窺うことにした。みっともないと、笑わば笑え。

「ああいうことを言うような子じゃなかっただろう、君は」

甘ったるい声が何を言っているのかわからなかった。

「……悔しかったから。私にだってプライドはあるわ」
「ジェーン、」
「そりゃ、あの子ほどは可愛くないけれど、でもいつも私を褒めてくれる、あなたのことまで侮辱されて、黙っていられなかった」

ひょっとしてこれは、昼休みの一件のことだろうか。
それはいいとしても、どうして二人がこんなところでそんな話を、人目を憚るように話しているのか。
予想くらいは簡単につくのに、俺はどうしてもその結論を出したくなかった。
人望のある教師と、真面目な優等生が恋仲なんて。

「……」
「私、大人じゃないわ。あなたが思っているほど、子供でもないけど」
「……わかっているさ」

両方ともガキだよと、俺は声を上げたくなった。
馬鹿馬鹿しい。
衣擦れのような音を聞きたくなくて、俺は耳をふさいで空を見上げた。
曇った空に、星は見えない。

- end -

20130122