シンクロトロン

夜長、デート相手

「ユーフォーを見に行こう」

見上げればどこかの国へ向かう大きな魚が夜の空を泳いでいる。魚の腹のような白いボディは見えず、点滅する赤色灯が導かれるように一直線に視界を横切った。
『……藪から棒に何?UFO?』
「そ。未確認飛行物体を見に行こう」
俺の口もジェットエンジンになったみたいに、真っ白な息を吐き出し続けてる。両腕に揚力もないし、推進力になるわけもないから俺は飛び立たない。吐き出された白い霞をかき分けながら、冬の夜道を家へとゆっくり歩いていた。
鼻の頭が冷たい。冬の低気温だけは、確実に痛みに似た苦痛を俺に与える。
ダウンジャケットのファスナーを一番上まで上げてしまいたいけど、それじゃ花子との電話に支障が出る。
間違いなく俺の中だけで今年の冬は、花子に完敗していた。
『未確認飛行物体の心当たりでもあるの?』
そういう返しが来るとは思わなかったから、俺の歩調は少しだけ狂った。
「うー……ん。…………ない」
『ええ〜……』
一度立ち止まって、いつものように左足から踏み出す。
「だって確認できてたら未確認飛行物体じゃないだろ?」
『それはまあ、そうかもしれないけど……』
くすくす笑う声が漏れている。頬にくっつけたままの携帯電話のマイクが湿ってきたように思えてきた。それは花子の笑う温度のせいではなく、俺の吐息が冷たい端末機械にずっと吐きかけられているからだ。
『じゃあUFOを見に行くんじゃなくて、UFOを見つけに行くのね?』
「それだ。新しいUFOを発見して、バンビ号って名前をつける」
『え、やだよ?』
心底おかしそうに笑っている。温度のない携帯電話越しでも、手を伸ばせばそこに花子がいるような気がした。
なんてくさいことを言うわけがない。そこには冷たい自動販売機だけがある。外側は冷たくても、中は『あったか〜い』飲み物でいっぱいだ。
「なんで?すっげーカワイイUFOかもしれないだろ?」
『じゃあかっこいいUFOだったら琉夏号?』
「うん。きっとピカピカ光ってさ、陸海空、どこにでもいける」
ピカピカ光って低く唸りながら誰かを待っている自販機に、小銭を三枚投入した。
『ヒーローの乗り物にピッタリだね?』
「そう。でも宇宙人、俺にUFOくれるかな?」
『……それは、厳しいかもしれないね』
ストライクをはじき出したボウルが呑み込まれていくような音がして、自販機は『あったか〜い』ココアを冬の夜に投げ出した。
「あ、わかった。オマエがかわいーくおねだりすればいいんだ」
『宇宙人に?琉夏くんにしか通じないのに?』
かがんでココアの缶に触れると、指先の感覚が一気に戻ってきた。
花子は時々、俺をはっとさせることを言う。今だってそう。
俺にしか通じないから、花子がおねだりするのは俺だけでいい。俺だけじゃなきゃイヤだ。きっとそのワガママもアイツは全部知っている、わかっている。
ツンとする鼻の頭に缶を当てると、なんだか今度はむずむずしてくしゃみが出そうになった。
「そうだった」
『あ、笑った』
そういう花子も笑っている。
ジーンズのポケットをまさぐって、小銭をかき集めたら、もう一本買えるだけの額は確保できた。
「エイリアンには、ココアで手を打ってもらおう」
『ん?』
「なんでもない」
そろそろ家に戻らないといけない。明日の講義の予習をしないと、と考えてヒーローも丸くなったものだと自嘲した。
二匹目の大きな魚が迫ってきている。
頭の上を無関心に過ぎ去って、疲れたらコンクリートの巣に降り立って眠る魚。
きっとそれは二足歩行の有機物も同じ。夜空のどこからか俺たちを観察しているかもしれないエイリアンズも、そうなんじゃないだろうか。

20101113

title from OL 「ココア」よりサブタイトルをお借りしています。