シンクロトロン

あなたの特別になる

瞬間、冷たい風が頬を撫でたような気がして、俺は眠りから覚めた。
というか、今まで俺がまどろみながら感じていたふわふわした空気は俺の部屋じゃあなくて……と、覚醒してくる頭で思い出す。
目蓋を擦りながら花子の姿を探す。昼寝から目覚めて母親を求める子供のように。
花子は窓を少しだけ開けて、換気をしていた。
「あ、寒いよね、ゴメンね?」
振り返った花子は、小さく震わせた体に気付いて眉を下げる。片手でカーテンを少し捲って、もう片方の手にはマグカップを持っている。あれはフリマで勝ったヤツで、それぞれが持ち帰ろうと提案した花子に「ウチに置いてたら絶対コウとか親父が使っちゃうからオマエが持ってて」って、ワガママ言った思い出の品だ。
「平気。……今何時?」
「えっと、もうすぐ10時だね」
そのうち家から電話なりメールなりが着そうだ。
「そんなに寝てたのか……ゴメン。そろそろ帰るよ」
「え?……あ、うん」
何故か少しだけ寂しそうな顔をした花子は、上着を羽織る俺を黙って見ていた。
でもやっぱり寂しいのだろう。突然やってきて、その上寝てしまったのだから俺としても面目ない。もっとこう、ぎゅってしたりチューしたりしたかったんだけど。
「今週末はちょっと忙しいけど、また今度どっか行こうな?」
「うん」
窓の外を眺めながら、花子は背中で返事をした。近寄って肩を抱くと、首を傾けて目を閉じる。
「行きたいところ、考えといて」
「ん……あ!」
花子は急に大声を出して、夜だってことに気付いて口を押さえる。
どうしたのか聞くと、なんだか恥ずかしそうに笑いながら、
「ほらあそこ、飛行機かな?」
「ん?ああ、そうだね」
さっき見たような、赤く点滅する光が東の空に飛んでいく。
「琉夏くんがUFOとか言うから、見間違えちゃったの」
ダウンの袖をぎゅっと掴んで、半ば八つ当たりのように体を寄せてくる花子が愛おしかった。
「UFOかもよ?」
「さっき飛行機って言ったじゃない」
「それはホラ、俺エイリアンに洗脳されてオマエをだましてるのかもしれないじゃん?」
「そんなわけないでしょ」
夢がないなあと笑うと、花子は口を尖らせた。
「違うよ、琉夏くんは私のこと騙したりしないって言ってるの」
ドキリとした。
大事な話を打ち明けることにすらあんなに時間をかけていたのに、それは騙してるのとは違うかもしれないけど、とにかくそんな俺のこと、花子は全身全霊で信じてくれている。
それが嬉しかったし、許されたような気持ちになれた。
思わず抱きしめてしまって、柔らかい髪に鼻の先をうずめた。
甘い甘いニオイがした。
「ありがとう」
「……ん?」
「言いたくなっただけ」
花子は小さな手を俺の背中に回して、ポンポンとあやすように軽く叩いた。
「じゃあ私も、ありがとう」
「なんで?」
甘いニオイをいっぱいに吸い込むと、正体がわかった。ココアだ。
「……来てくれて、嬉しかったから」
ヤバイ。
「そんなこと言われると俺、お持ち帰りしたくなる」
「ダメです」
「はーい……」
お持ち帰りは、俺が大学に合格するまでガマンする。
ガマンするから、もうちょっとだけ今はくっついていたい。
カーテンをさっとしめて、誰にもみつからないよう、オマエを腕の中に閉じ込めたままに。

20110331

お付き合いありがとうございました。キリンジの『エイリアンズ』を聴きながら思いついた話でした。
title from OL 「ココア」よりサブタイトルをお借りしています。