虹のワルツ

01.両手いっぱいぶんの(美奈子)


ぼーっとしていたら、皆が拍手をしているのに出遅れていた。はっとして、手を叩きながら、そういえば入学式の最中だったと思い出す。
昨日は琉夏くん、今朝は琥一くんと二人そろっての再会。でも二人はあの頃とは全く違っていて、曰く「グレて」いる。それに体育館に入る前の「あれ、桜井兄弟じゃねーか」「なんではば学にいるの?」の、みんなのやりとり。
なんだか大変になりそうだなぁと思いながらも、でもけっこう楽しそうな高校生活が送れそうかもしれないと期待しつつ、含み笑い。隣の席の子が怪訝そうにちらりと視線を投げたので、なんとなく背筋をしゃんと伸ばした。
もう間もなく、眼鏡をかけた生徒会長の挨拶が始まるところだった。

1年A組の担任の先生は背が低くて見た目も若い、というか幼いかもしれない大迫先生で、何故か私が挨拶のときに先生の名前の読みを言う役目をおおせつかってしまった。大迫力、もちろんダイハクリョクと読んで、先生はクラスの笑いをかった。にぎやかなクラスになりそうだと思ったところに氷室先生の渇が入って、大迫先生が怒られて……そんな感じで入学式は終了。明日のお休みの後は、いよいよ高校生活本番だ。
いいことがあるといいな。私は日曜日の夜、ベッドに入っても中々寝付けなくていつまでも寝返りを打っていた。


月曜日、クラスに入る前に女の子とぶつかった。
花椿カレンさん。あの、世界のファッションリーダー花椿吾郎先生の親類で、自身もモデルやデザイナーをやっているなんだかすごい人。そんな人に、どうやら私は気に入られたみたいで、「アンタのこと、バンビって呼んでも良い?」なんて聞かれてしまった。押しが強くて断るに断れなくて、「うん、いいよ」って言ってしまったけど、悪い人ではないと思うしバンビってかわいい名詞(のはず)だから、まぁいいかと自分を(ちょっと無理矢理)納得させる。
花椿さんもすらりとした背の高い美人だけど、隣の席の女の子もおなじくらいのすらりとした美人だった。長い髪をシニヨンにして、綺麗なおでこが出てる。横顔の輪郭がとても綺麗で、何度か盗み見るようにしてしまった。
名前はまだわからないけど、彼女は授業中も休み時間もすっと背筋を伸ばしていて、それがすごく印象に残っていた。
花椿さんが活発で明るくて、そんな性格だとしたら、彼女は落ち着いて大人っぽい人だと思う。
友達になりたいな、そう思っていたのに話しかけるタイミングをつかめなくてとうとう放課後になってしまった。彼女はてきぱきと荷物を鞄につめて、優雅な物腰で教室を後にした。しょうがないから明日、話しかけてみよう。
帰り支度を終えて昇降口に向かうと、後ろから「待って」とかわいい声で呼び止められる。振り向くと、長い髪の、背の低い女の子が大きな目を私に向けていた。
名前を聞かれたので、小波美奈子と答えると、星座と血液型を、ピンポイントで当てられる。すごい!と絶句していると今度は星の導きがどうたらこうたらと続けられたのであっけに取られてしまった。どうしたものかとおどおどしていると、また声をかけられる。
「バンビ!」
誰かが走る音が近づいてくる。こう呼ぶのは花椿さんしかいない。振り返るとやっぱりそうで、なんとその後ろには、私の隣の席の彼女がいた。友達だったのかな。というか、バンビって呼ばれたの…聞かれたよね。やっぱりちょっと恥ずかしくて、安請け合いしてしまったことを今更ながらに後悔した。
「あれ?みよちゃんも一緒……友達だったんだ?」
花椿さんが、私と向かい合っていた女の子のことを「みよちゃん」と呼んだ。そういう名前の子なんだ。
「ううん、今話しかけられて……」
「あ、ひょっとして星の導き?」
花椿さんはちょっと意地の悪い笑顔を浮かべながら、みよちゃん、もとい宇賀神さんを後ろから抱きしめた。
「彼女、宇賀神みよちゃん」
「ちゃんはやめて」
「占いに凝ってて、すごく当たるんだ。かわいい子でしょ?」
「子っていわないで」
もとい宇賀神さんは迷惑そうに花椿さんを振り払ってから、ちょっと睨む感じで見上げた。この身長差ならそれもやむなし。
それを後ろからニコニコ見守っていた彼女に、私は意を決して話しかけた。
「ね、ねえ!同じクラスだよね?」
「私?」
彼女はちょっと驚きながら自分を指差した。ソプラノとアルトの間の、高原の風みたいに澄んだ声。
「あ、隣の席の……」
ゆっくり、その顔が優しい笑顔に変わっていくのが嬉しかった。
「そう!私、小波……」
美奈子って続けようとしたら、花椿さんに遮られる。
「ああ!バンビはバンビなの!わかった?夏碕」
夏碕と呼ばれた彼女は、何故か合点した顔をした。
「あ……ひょっとして朝、カレンにぶつかった子?」
「え?」
「何よー……夏碕、見てたの?」
「見てたわけじゃないけど、バンビとか何とか聞こえたからまたカレンが何かしてるって思って」
「だったら話は早いや。バンビ、この子は瑞野夏碕。新体操部のホープ」
「ちょっと、ホープって……あら?私にはちゃんを付けてくれないの?」
「えっ?」
ぽかんとする花椿さんを、宇賀神さんが笑った。花椿さんがペースを乱されるのは珍しいこと、なんだろう。多分。くすりとちょっと意地悪っぽく笑った後に、彼女は私に話しかけてきた。
「夏碕って呼んでね?小波さん」
「私、美奈子って言うの。だから私も美奈子で良いよ」
「じゃあアタシもカレンで、ミヨもミヨね?」
「ちゃんはつけないでね」
「わかったから!」
今日は嬉しい記念日だ、一日で友達が4人もできた。おんなじことを、花椿さん…カレンも考えていたみたいで、
「んじゃ、キューティー4の結成を記念してお茶しにいこ?」
ウインクしながらの提案は、断るつもりもなかった。
「キューティー4って語呂が悪い」
「いいの!」
ミヨの突っ込みをぐっと詰まりながらかわして、私たちは「アナスタシア」に向かった。



「じゃあ、3人とも中等部からなんだ……」
私の隣に夏碕ちゃん、向かいにはカレンとミヨ。私とミヨがミルフィーユ、カレンと夏碕ちゃんがベイクドチーズケーキ。
「そ、今日A組に行ったのって、夏碕に教科書借りに行ったの」
「カレン、初日から忘れ物?」
「あー……ま、その話は置いといて!」
カレンがフォークを加えたまま気まずそうになる。
「ねねっ、バンビはクラブ、やらないの?」
「クラブ……」
カレンに尋ねられて、私も同じようにフォークを加えたまま首を傾げた。
「バレー部入らない?バレー部!」
「えっ?」
「カレン、無理強いしちゃ駄目」
「もー無理強いなんかじゃないの」
なんとなくわかってきた。ミヨはツッコミだ。
「みんなクラブ、やってるの?」
「うん!みんな中等部から続けてるよね?アタシがバレーでミヨが美術部、夏碕は新体操!」
「へぇ……だから夏碕ちゃんはシニヨンなんだ」
「え?うん……なんだか、慣れちゃって」
アイスティーのストローを持つ指先まですっと芯が通っているように見えるのは、新体操のおかげと思う。
「バンビも一緒だったら楽しいのになぁ」
「うーん、考えとく」

私の高校生活初日(初日かな?)は、そんな感じで終了した。

20100708