虹のワルツ

04.きらきらの砂糖菓子(カレン)


体育祭が終わって、早一週間。次は期末テストってわけで、アタシとミヨとバンビは放課後の教室で勉強会を開いている。
ちなみに夏碕は、来週がクラブの合同練習だからそっちにかかりっきり。まぁ、ミヨと同じくらいの順位をキープしてる夏碕はわざわざここに加わらなくても良いかもしれないんだけど。

「夏碕ちゃんって、人見知りなのかな?」

シャープペンの頭を顎に当てて、バンビが呟いた。ノートには因数分解のたすきがけに梃子摺ったらしい跡が見える。
「人見知り……かどうかはわからない。バンビ、そこは2と3」
「あ、ほんとだ……」
ミヨの指示に従って消しゴムをかけなおすバンビを見ながら、
「人見知りなんじゃない?中等部のころからそんな感じだし」
「バンビ、それがどうしたの?」
うん、と言葉を濁すようにして、バンビは消しゴムのカスを小さな手のひらで集めた。
「たまにね、琉夏くんと琥一くんと会ったりするけど、夏碕ちゃん、そのときってあんまりしゃべらないから」
「………」
それは人見知りっていうより、相手が桜井兄弟だからじゃないのかな。
夏碕じゃなくても、その二人相手に普通に接するのはちょっと、いやかなり、難しいと思う。
「なんていうか、余計なお世話かもしんないけど……」
バンビは黙りこくったアタシとミヨを交互に見比べながら、
「琉夏くんも琥一くんも、夏碕ちゃんも大事な友達だから、仲良くして欲しいなって思うし……」
わからないでもない、かもしれない。
夏碕は人見知り(気味)、琉夏くんはシュール、琥一くんは怖い。あ、アタシは別に怖がってないけど。
なんだかんだで世話焼きなんだってことがわかってきたバンビにしてみれば、同じくらい大事な人たちがお互いに仲良く、あわよくば他のクラスメイトやら何やらと仲良くなって欲しいのかもしれない。
「たまにね、夏碕ちゃんと一緒にいるときに琉夏くんたちと会うこともあるんだけど、なんか夏碕ちゃんはおびえてるみたいだし、特に琥一くんには。それに琥一くんは琥一くんで、仲がいい友達がいるとは思えないし、それどころかこの前なんて、上級生とケンカしそうになってたしどうにかしないと…………なんて、そんなこと考えてる場合じゃないよね……」
バンビは一気にまくし立てるとしゅんとして、ドクロクマの下敷きをノートに挟みなおして、勉強を再開しようとした。
ああもう!
そういう顔されるとアタシだってバンビに協力したくなるじゃない!

「一緒に遊びに行ったら?」
ミヨも同じことを考えてたみたいで、教科書を閉じて提案した。
「4人でってこと?」
「そう」
「4人かぁ……なんか、どこに行ったら楽しめるかよくわかんないメンバーだよね……」
バンビは腕組みをして考え込む。
「うーん、確かに……無難なところで水族館……いや、琥一くんが楽しめるかな……」
それは厳しい気がする。
「遊園地とか、森林公園とか、今は梅雨だから厳しいかも……」
「梅雨かぁ……ミヨの言うとおり、今の季節じゃどっかに行くのもちょっと億劫だ――」
ん?季節……?
はたと気がついた。
「ちょっと待って。いい考えがあるかも!」
アタシは鞄の中から、来月発行予定のはばたきウォッチャーを取り出した。なんで発売前のを持っているかって言うと、というかこれは厳密には校正前なんだけど、まぁとにかく特集の一部にバイト先が関わってるからその関係で、ということにしておいて欲しい。
そのはばたきウォッチャーのページをめくって、見開きで写真が載っているところを指差した。
「花火大会……?」
バンビが身を乗り出してくる。この分じゃ今日の勉強会は完全にお開きだ。
「そう!毎年8月の最初の日曜日に、臨海公園でやってるの。最近じゃけっこう豪華になってきてさ、で、これなら割と誘いやすいんじゃないの?それに……」
「それに?」
写真に見入っていたバンビが期待を込めた目で見つめ返してくる。
「夏碕のお母さん、着付け教室の先生だからさ、夏碕はもう誘えたも同然!」
自信満々で言ったのに、バンビはいまいちよくわかってないようだ。
つまり。
『花火大会に行きたいけど浴衣の着方がわからないから着付けを教えて欲しい』とか言って着付けてもらって、そしたらその流れで『せっかくだから当日一緒に行かない?』って言うのは自然じゃない?
「うん、それなら多分、夏碕も来てくれると思う」
なんだかミヨまでワクワクしてるみたい。
「そうか……うん!確かにそうだね……!」
そうそう、その意気!実ははばたきウォッチャーの、決定稿には『初めてでもできる浴衣の着付け』のページが載る予定なんだけど。ま、夏碕がこの本読むわけないし、読んだとしてもバンビが『一人じゃできなかった』って言えばいいしね。
「ってことで、あとは琉夏くん琥一くんをちゃんと誘えばOKってとこね」
「うーん……そこが一番問題かも…」
確かに。でもそればっかりはバンビがなんとかしないと……。
バンビが試験勉強にではなく頭をひねっている横でアタシが曇った窓ガラスを手のひらでぬぐうと、外は雨が上がって、天使の階段ができていた。


そんな話をしてしばらく経った、期末テストの前日。
途切れそうになる集中力をがんばって維持させていた午後11時、ケータイが震えた。バンビからメールだ。
『作戦成功です!隊長!』
きっと嬉しくてしょうがなくて、アタシにメールをしてきたんだろうな。こっちまでニヤニヤしてしまって、椅子からベッドに体を移して返信の文面を考える。ていうか、バンビはちゃんと勉強してるのかしら。
そんなことをしてるうちに段々目蓋が重たくなってきて、アタシはいつのまにか電気をつけっぱなしで寝てしまっていた。

20100709