虹のワルツ

05.ひとつずつ、ゆっくりと壊してゆこう(美奈子)


花火大会当日。
私はショッピングモールで買った赤い浴衣、夏碕ちゃんはお母さんの濃紺の浴衣、を、それぞればっちりと(夏碕ちゃんによって)着こなして、夕方6時の待ち合わせに遅れないように、はばたき駅に向かっていた。
夏碕ちゃんの浴衣は、濃紺に大きな紫陽花の柄、しかもろうけつ染めで大人っぽい。加えて髪も大人っぽく結って、ちょっとだけメイクもしているから、多分知らない人が見たら大学生とか、それくらいに見えると思う。
それに比べて私は、買ったときは赤に金魚の柄だとかわいいと思ったけど、やっぱりちょっと子供っぽいかもしれない。裾を割らないようにおしとやかに歩く夏碕ちゃんと並んでると、姉妹に見られるかも……いやでもそれはそれで一人っ子の私には嬉しいところもあるし、別にいいか。

「ところで、待ち合わせ場所って、誰がいるの?」
駅のロータリーに差し掛かったところで、夏碕ちゃんが歩を緩めて聞いてきた。
「えっ?言ってなかった……?」
立ち止まる私。
「……うん、聞いてないけど……」
あれ?言ってなかったんだっけ、私…。
困ったな……てっきり、琉夏くんと琥一くんが来るのも込みでOKだと思い込んでたのに、「じゃあ帰る」なんて、夏碕ちゃんが言い出さないといいんだけど……。
「あ、ええと……その……」
「……うん?」
困ったように、というか本当に困りながら笑っている夏碕ちゃんに、本当のことを話そうとしたら、視界の端に目立つ金髪が入り込んだ。あ、マズイ……かも。琉夏くんと琥一くんが浴衣を粋に着こなしているというのに、そのときはそれに気が回らなかった。
金髪―琉夏くんと、隣の琥一くんは私に気がつくと手を上げて合図してきた。
「え?あれ……琉夏くんと琥一くん…………え?」
夏碕ちゃんは、同じように手を上げた私と、琉夏くんたちを交互に見比べて絶句している。む、無理もないかも……。
「あー、うん。そうなの……一緒に見ようって言ってて……ごめん……私、夏碕ちゃんにも話したつもりになってた……」
正直に打ち明けて、手を合わせて謝っても、夏碕ちゃんはフリーズしたままだった。大丈夫かな……。
「おまたせ」
そうこうしているうちに琉夏くんたちは私たちのところまでたどり着いてしまった。
「あ、浴衣だ」
「え、うん、着てみたの……」
「へー……いいね。かわいいし色っぽい」
後になって考えてみれば、そのとき琉夏くんに褒められたことすら理解できていなかった。なにしろ絶句した夏碕ちゃんとむすっと黙り込んだ琥一くんが気になって手放しでは喜べそうにない。
「で、美奈子ちゃん、お姉さん……いたっけ?」
「……は?」
琉夏くんが珍しそうに、(硬直したままの)夏碕ちゃんをしげしげと見ている。
「あれ?違う?じゃあ……」
「な、何言ってるの……夏碕ちゃんだよ!一緒に行くって言ってたでしょ!?」
「え?……あれ?夏碕ちゃん?」
今度は琉夏くんと琥一くんが絶句してしまった。そうだよね……私が見たって大学生ぐらいかなって思えるんだから、あまり親しくない(今は!)二人にとっては他人に見えてもしょうがないかもしれない。
「お姉さんかと思ったー……」
琉夏くんもびっくりしていたけど、段々笑顔が戻ってきている。割と人懐っこい琉夏くん相手なら最近は話せるようになった夏碕ちゃんもようやく人心地がついたみたいで、
「あ、ええと、これお母さんのだから……やっぱり老けて見えちゃうかな」
なんてことを言い出す。
「なわけないよ、老けて見えてたら、“美奈子ちゃんのお母さんですか?”って聞いてる」
「あ……そう……」
よかった。なんとか上手くいきそうな気がする。問題は琥一くんだけど、夏碕ちゃんはどうだろう…。
「あの、夏碕ちゃん、大丈夫?」
「……え?あ、二人が良いなら、私は構わないけど……」
絶対気を遣ってる。しょうがない、無理矢理まとめるしかない。
「え、えっと!今日はこの4人で回ろうと思うけど、いいよね!?」
主に琥一くんを見ながら言うと、
「俺ぁかまわねえよ」
「俺も。あ、ねえねえ、夏碕ちゃんのこと、今日はおねえちゃんって呼んで良い?」
「ええ!?」
「何言ってるの琉夏くんは……」
とりあえず、大丈夫…………なのかな……。

20100709