虹のワルツ

06.夕暮れに消えゆく(夏碕)


そりゃもう、最初はどうなることかと思ったし、幼馴染って聞いてた三人の中に私が入っていっていいものかとも思ったけど。
でもここまできて「帰る」っていうのも失礼だし、一緒に花火を見るだけなんだから大丈夫、多分大丈夫……多分。

「あ、わたあめ!」
「俺イカ焼きがいい」
そんな私の苦悩を知ってか知らずか、ううん、多分もうすっかり屋台に夢中になって、そんなこと気にしてる余地がないんであろう、美奈子ちゃんと琉夏くんのはしゃぎ様は、本当に妹と弟みたいだ。
それにしても、あんなふうに走ったりしたら、
「美奈子ちゃん、着崩れするから……」
「おい琉夏、無駄遣いは……」
はしゃぐ二人から取り残されて、並んで歩いていた琥一くんと声が被ってしまった。
「はーい!」
「わかってるって!」
返事だけはいいんだから、と言ってしまいそうになるのをこらえてると、琥一くんの声が降ってきた。
「……お前、本当に姉貴みてぇだな」
「え?」
そうかな……。でも、境遇的には
「琥一くん、も、だと思う」
一応琉夏くんと同い年なんだし。ていうか実際兄弟なんだし。
「あぁ?」
ひえっ。
『あーあれは……睨んでるんじゃないと思うよ……元からああいう目つきなだけで……』
美奈子ちゃんの言っていたことを思い出す。そうだよそう、人を見かけで判断しちゃ……。
「ねー!リンゴ飴が三つだと安いって!」
「夏碕ちゃん、食べない?コウはいらないでしょ?」
手招きしている二人には、私の気疲れはとうてい届きそうにない。
「いらねーよ」
「じゃ、じゃあ私、食べようかな」
「よっし、じゃあおじさん、3つね」
「あいよ。そら、かわいいお嬢ちゃんたちにはおまけだ」
リンゴ飴の屋台のおじさんが、私と美奈子ちゃんにはちょっと大きいのを笑顔で渡してくれた。
「ちぇー。おじさん、かっこいいお兄さんにはおまけなし?」
琉夏くんは笑いながら残念そうにしている。琥一くんは呆れて、私と美奈子ちゃんは笑った。
「琉夏くん、私、食べきれないから交換する?」
こっそり袖を引くと、目をキラキラさせながら、「ホント?いいの?」と、琉夏くん。気を遣ったわけじゃなくて、本当に食べられそうにないくらいの大きさだったから。琉夏くんのと交換すると、琥一くんがちょっとだけ目を細めて笑う。
「ほんっとに、姉貴だな」
「ありがと、お姉ちゃん」
二人そろってそう言われてしまって、これって仲良くなれたって言っていい、のかな?ちらっと美奈子ちゃんを見ると、リンゴ飴にかじりつきながら楽しそうに笑っているのが見えた。雰囲気としては悪くないんだと思う。
「ふふ。さて、どうする?もうそろそろ始まるんじゃないかな」
「ん、じゃあ移動しようか」
「食いもん目当てで来たわけじゃねぇからな」
両手を袂に突っ込んで、琥一くんが先に歩き出した。すると琉夏くんと美奈子ちゃんが「いい場所がこっちにあるって聞いたよ」と言いながら追い抜いていく。結局、私と琥一くんが二人並んで後をついていくような感じになった。
屋台が並ぶ通りを抜けて、ちょっと開けた場所に移動しているとき、琥一くんの足がとまった。そして、忌々しそうな舌打。
「どした、コウ?」
前を歩いていた琉夏くんが振り返る。あんなに大きかったリンゴ飴がもうなくなっているのが……なんというか、すごいというべきか。
「鼻緒が切れちまってよ」
琥一くんが、ほれといいながら右足を軽く上げた。その先に下駄がぷらんと下がっている。
「あらあ……」
「だから言ったじゃん。俺みたいにサンダルで来たほうがよかったのに」
「浴衣にサンダルなんて履いてんのはテメェだけだ」
よく見ると、たしかに琉夏くんの足元はサンダルだった。というかビーチサンダルだった。でも男の子で浴衣着てる人は珍しいし、下駄にまで気が回らなくてもしょうがないと言えばしょうがないのかもしれない。それはともかく、背丈の大きい琥一くんを含めた私たち4人が往来の真ん中で立ち往生しているのは周りの迷惑にもなりそうだ。
「ちょっと脇に移動しようか……邪魔になるし」
「そうだね……でも……」
琥一くんが歩けなくなったら移動もできないし、帰りもどうしようもなくなってしまう。
「どうすんの?」
「あ、私に貸してみせて」
人通りを避けるように道の脇に陣取った後、私は持っていた巾着からハンカチと裁縫道具を取り出した。
「ひょっとして、夏碕ちゃん、これ直せるの?」
私からリンゴ飴を預かった美奈子ちゃんがちょっとびっくりしながら言った。
「うん。多分……いけると、思うけどっ」
ちょっと力んでしまったのは、はさみで切れ目を入れたハンカチを思いっきり裂いたから。

20100709