虹のワルツ

07.はじめて出会った声(琥一)


さすがにビビった。というか、意外だったというか。
おとなしそうなヤツだと思ってたが、結構思い切ったことをやる。
「だってハンカチ一枚そのままだと太くなっちゃうし……」
とか言って、瑞野は(だったはずだ、名前)切り裂いたハンカチを紐状にして、てきぱきと鼻緒の修理に取り掛かった。ルカと小波は、さっきまで俺と同じように驚いてた癖に、花火の音が聞こえてくるとそっちに夢中になってやがる。俺たちからちょっと離れたところできゃいきゃい騒ぎながら。
「あ、おにぎり型」
「えぇ……ハート型じゃないの?」
「そうなの?おにぎり型だろ?」
…………ハァ。バカかあいつら。
臨海公園の、縁石みてーなのに腰掛けて、瑞野は黙々と作業をしていた。
なんつーか、実に意外だ。
最初に見たときの印象は、あんまり覚えてないが、多分ありゃ俺にビビってたんだと思う。無理もねえ。小波だってそうだったからな。
二度目が確か、ああ、ルカのヤロウが数学の教科書を返して来いって言って俺に押し付けた日だ。
「コウの知ってる人だよ」
なんて言われてもこっちにゃてんで心当たりがない。
確かにあの時、髪型がひとつに括ったままだったら、俺だってちょっとは思い出したかもしれない。
それにしても、化けるもんだと思う。今日は本心からそう思った。
俯いて修理している瑞野を見ると、うなじが目に入った。俺のほうが随分タッパがあるから、それは当然かもしれなかったが、なんとなく目をそらした。
女ってのは…………。
浴衣のせいか?それとも化粧をしたからか?
考えたところで答えがわかるはずもなかった。
「よし、できた」
はい、と下駄を差し出す瑞野の手は、右手のほうが肉付きがいいように見えた。なんでかしらねーけど。
「悪ぃな」
「ううん。歩けないと大変だから……あ、応急処置だから後でちゃんと修理に出したほうがいいと思う」
いや、そうじゃなくて。悪いと思ってるのはハンカチを破かせたことなんだが。
俺は下駄を履きながら、ちゃんと礼も言えない自分はガキだななんて、殊勝なことを考えていた。
「お家に帰り着くまでもてば良いけど……」
「駄目だったらルカのサンダルでも履いて帰る」
「……ぷっ、それじゃ、琉夏くんがかわいそう……」
笑ってる。同い年なのに、何でか年相応の笑顔だと思った。
ま、確かに小波と並んでると瑞野のほうが浴衣の柄も相まって年上に見えるのはしょうがないだろう。
「あいつらんとこ、行くか」
「うん」
大掛かりな仕掛け花火が始まる前にルカと小波のところに行くと、今度は小波が、「もってたリンゴ飴がベタベタになって手についちゃった」と泣きそうな顔で訴えてくる。そうしたら瑞野が落ち着き払ってウェットティッシュでそれを拭く。コイツの巾着の中身はどうなってやがんだ。
「うう……ごめんね……ありがとう夏碕ちゃん……」
「夏碕ちゃん、お母さんみたい」
ルカがまたくだらねえことを言う。俺は鼻で笑った。
「リンゴ飴なんて買うからだろ。来年は同じ徹、踏むんじゃねーぞ」
「あ」
小波が俺を見上げた。
「琥一くん、お父さんみたい」
はぁ?なんだそりゃふざけんな。特に笑ってる瑞野。

20100709